3人目ちゃん妊娠発覚前後の、
こころの動きを綴るシリーズ。


こちらの記事☆のつづきです。
のんびりペースで綴っていきます。






両親に妊娠報告をしなくては、と考えたとき
すぐに湧いてきた恐さ。

それは、
思考とはもっと別のところからで
身体の底から震えるような恐さ だった。






それは。



妊娠中絶した時の、
母の怒りと拒絶。



そして、
その時に感じた



わたしの、
悲しさと無力感。




ふるえる恐さの正体は、
まさにそれで。



(中絶については改めて書くつもりですが、
実家帰省中に悪阻でどうしようもなくなり、
母に連れられて受診して妊娠が発覚したという経緯。)




とりわけ、母が

「学生やのに、産める訳ない」

と最初に一言発したこと。
(医者から妊娠を告げられた診察場面で)



その後、中絶手術を待つ身のわたしに

「あんたなんかわたしの子じゃない。
ゆるしていない」

と、言ったこと。




ただ、誤解のないように書いておくと

わたしはいま、
母のことは全く恨んでいません。

自分のことももう責めていないし、
この出来事はわたしにとって必要だった。
いまは強くそう思っています。

この時の事を思い出すと悲しいですが、
母なりの愛情表現だったと思うし、
その後も支え続けてくれている母の存在には
心から感謝しています。




―じゃあ、いったい
その時の何が わたしのなかにまだ、
悲しさと無力感として残っているの?

と深くじぶんのなかを覗いたとき、



わたし自身のものさしではかって、
決めて、進むことができなかったこと。



それが、出てきた答えでした。



たとえわたし自身が考え抜いたとしても、
その当時の置かれた状況や関係性のなかで
しあわせに子どもを産んで育てることは
実際難しかったと思うし、

結果としては、母が口にしたのと
おなじ結論に至っていただろう、と思う。




でも、あの時に

わたし自身がひと呼吸おいて、
わたし自身のものさしではかって考え、
わたしが主体になって決めて、
言葉にすることができていたら。


そうしていたら、
こんなに身体ごと震える体験としては、
残っていなかったのではないかな。




そう。


わたしの存在を置き去りにしたのは、
母の発した言葉や感情なんかじゃなかった。




わたしの存在を疎かにしていたのは、


わたし自身だったんだ。




まだ、つづきます。