センターから指定された家は、私のアパートと大学の途中の駅から徒歩十分程度だった。これは便利だ。大きめな一戸建てで、手入れの行き届いた庭、駐車場には、Cクラスのシルバーのベンツ。
家庭教師を依頼するのにふさわしい経済的ゆとりを感じた。ドアフォンを押し、やや緊張してカメラに顔を向けた。どちらかしらの問いに自分の名前を告げると先生ね、お待ちしていました。すぐにドアが開き、どうぞと玄関で迎えてくれた女性は、本当に10歳の子供の母親なのかと困惑した。家政婦?姉?初対面で失礼があってはと思い、改めて自分の名前を告げ、お母さんはいらっしゃいますかと、聞いてみた。すると、ちょっと冷たい口調で私、まひろの母の真由美です。この度は、よろしくお願いします。と丁寧に頭を下げた。ごめんなさい、失礼しました、お母さんでいらっしゃいますか、よろしくお願いします。お姉さんかもしれないなんて思ったものですから。
すると、あら、お上手ね。勉強だけじゃなくてお世辞も得意なのね。
お世辞だなんて、僕はそういう事言えないたちです。でも、お姉さんなんて、嬉しいけど、それはないわよ。実は家政婦さん?とも思いました。本当に正直なのね、うちは家事を任せるほど豊かではありませんし、私、家事をするのが好きなんです。こちらへどうぞ。
駅までの道すがら、ねぇ、課長飲みに連れていってください。と、甘えてみた。課長は、少し考え、駄目だ、今日飲んでも君は、職場でされてきたことを言って泣くんだろうから。酔って泣き寝入りした君を私はどうすればいいか分からない。私だって男のはしくれだ。君のような美人に何もしないで家まで送る自信はないよ。
今日は、課長に抱かれてもいいと思っていただけに不満だった。
もう、課長さんのいじわる!抱いてって言ってる女の子になにもしないなんて立派ないじめです。社長に言っちゃいますよ。大体、私に美人なんておだてても何も出ませんから。
いや、君は美人だよ。スタイルもいいし。おまけに頭もいいし。仕事が多くてお洒落になんか時間をかけられないんだろう。
課長、美人っていうのは茜先輩みたいな人のことを言うんです。課長さんだって茜先輩に誘われたらどうなるか分からないでしょう。茜君か?いや、君は彼女と変わらないくらい魅力的だよ。職場の女の子はそれが分かるんだ、男共は、頭のいい君に、どちらも嫉妬しているんだよ。


ひとしきり泣いて、顔を上げると目の前に、青地に白の会社の湯飲みが置いてあり、向かいのデスクに課長がいた。みんなひどいよな。でもこれが君の選んだ会社。そして私が20年守ってきた職場なんだよ。私なりに誇りを持っている職場さ。いつもお茶ありがとう。僕も前には入れていたんだ。まあ、飲んで。お茶はすっかりさめていた。課長はずっと泣くのを見ていてくれた。また、涙が出てきた。そんなに泣くと体中の水分がなくなるよ。でも・・・。と言おうとすると課長が続けを語ってくれた。みんな面倒な仕事は、君に押し付け、自分がやったような顔をする。君がミスをするとひどい仕打ちをする。課長さん、ちゃんと分かってくれていた。鈍いなんて思ってすいません。心の中で何度も謝った。
だから、課長は言葉を続けた。君はこの職場で一番仕事のできる社員だよ。君の仕事は、確実で信頼できる。今日の仕事も僕が頼んだんだよ。今までも何度か係長を通して頼んだことがあったはず。ゴメンね。僕も君をいじめていたことになるね。
さて、どこまでやった?課長は、私を立たせ私のデスクに座り、パソコンを確認した。処理がよくわからず後回しにしようとしていた箇所もすぐに見つけ、てきぱき処理をした。時折、自分の席に戻って、過去のデータを確認して処理を続けた。出口の見えなかった仕事だったが、あとは、大丈夫たね。一緒に帰ろう。30分後、課長と一緒に会社を出た。