1日につき二時間程度の学習が契約事項の一つなので私からじゃ、始めようか、と伝えた。娘は、はい、先生と言って席を立った、私は娘の後について行った。階段を上がる私に、真由美は、階下から、お願いします。と伝えた。娘の部屋は6畳ほどの洋間である。私が訪れるということで整えたのだろう。子供部屋を想定して選択したのであろう壁紙とカーテンにセンスの良さが感じられる。無駄な装飾もほとんどない。娘の机上もよく整理されていて女の子らしい飾りもほとんどない。小さなぬいぐるみが2体、机の隅に座っている。さっきまでやっていたと思われる問題集とノートが広げてある。志望中学の過去問、というやつである。私は、見せてねと言ってそれを手に取り、パラパラとめくりながら、難解そうな問題を選択して質問した。真由美は「娘は、飲み込みがいい」と言っていたがその通りであった。時折、それはね、えーと、と可愛い首を傾げることはあったが、全て正答した。すごいね。と驚くと、だってその問題全部やったから、と答えた。全部こなしたということもすごいがやったにしてもそれを正確に身に付けたこともすごいと伝えると照れる代わりに、ねぇ、先生まひろのママ綺麗でしょう。と言う。私は自分の感想を素直に伝えた。私の自慢のママなんだ、先生、好きになっちゃった?少々意地悪い問い掛けに言葉に窮していると、やっぱりねと救ってくれた。じゃ、さっきの続きしてて。と指示して、学校の教科書を見せてもらい、今の進度を聞いて今後の学習内容を教科ごとにメモにとった。
そう依頼事項を伝えた後、階段下から二階に向かってまひろちゃん、先生、いらっしゃいましたよ。降りていらっしゃい。と澄んだ声で伝えた。すぐにはぁーいという返事の後、軽やかに階段を下る音が響いてきた。真由美に連れだってきた少女は、私を見て、まひろです。先生、よろしくお願いします。自然に挨拶をした。しつけの行き届いた素直さが伝わってきた。自分の名を告げ、一緒に頑張ろうね、と言葉を交わした。真由美もスリムで洗練された美しい女性だが、娘のまひろは、身長はすでに母親と変わらないが母親から女性らしい丸みを削ぎ落としたような子鹿のような体つきで定規で描けそうである。それでいて二次性徴が訪れているようでTシャツの下の胸はわずかに膨らみ始めている。やや緊張して私の向かいに座り会話の糸口を私に求めるようにこちらを向いた。母親が出したお茶を飲む前に、慣れた手付きで、長い髪をゴムで束ねた。私立中学でなく、アイドル候補としてオーディションを受けても合格するだろう。いただきます、と言って母親の出したお茶を飲み始めた娘に、勉強に関する質問を重ねた。
私は、いつしか郷里の母親と、目の前の雇い主を比べていた。東京に来て、自分の郷里と比べて違うことはいろいろあったが、これが都会なんだと改めて感じた。雇い主の真由美はそれほど若く洗練されていた。この人と大学で一緒にいたら関わりをもち始めた同じ学部の仲間は、お前の彼女?といってうらやむだろうな。そんな想像上の優越感に浸っていたら。
私の顔変かしら?初めて先生にお目にかかるから、久々に念入りにメイクしちゃったから、気合い入り過ぎたのね。恥ずかしいわ、もう、すっかりおばさんなのにね。
そういって、立ち上がってお茶の用意を始めた。あわててさっき想像したことをそのまま伝えた。
すると、両手で顔を隠し、おばさんをからかわないで!私、すぐ顔に出ちゃうから、恥ずかしい!
その仕草が可愛い。
二人でお茶を飲みながら、契約事項の確認をした。勤務時間、指導日などが決まり、緊急時にと互いの携帯アドレスを交換した。さっきの可愛らしい仕草がうそのように真由美は、要点を的確に押さえ話を進め、短時間で共通理解することができた。
じゃ、よろしくね。最後に大切なこと。娘のまひろは、どうしても私の行った大学に行きたいようなの。だったら中学からの方がいいというのが二人の結論。娘は飲み込みはいい方だから大丈夫だと思うけど、万全を期して塾に行きなさいと言ってるんだけど、行かないんですって。塾イコール受験って思われるのが嫌っていうの。それで貴方にお願いすることにしたの。