印象になかった曲を繰り返し聴いているうちにその曲が好きになっていく。

 

よくあることだ。

 

仲良くなれないと思っていた人と何回か会ううちにその人に固く塗り込まれたイメージが剥がれていくことがある。

 

よくあることだ。

 

僕に対する彼女のイメージもそうだった。

 

文化祭の友達のゴリ押しで、一緒にフォークダンスを踊ることになった。

 

https://youtu.be/12kjD1PlKRY ←こんなだった

 

それから一緒に下校したり、映画に行ったりして付き合うことになった。

 

始めは欠点も目についた。

 

全体的にふんわりしすぎてる話し方だし、ニコニコしてばっかで表情に深みがない。

 

けど好きになったらそんなの欠点なんかじゃなくむしろ長所にも思えてくる。

 

結論ばっか求める僕の理系脳には新鮮すぎる話し方も、いつも顔が怖いと言われる僕とは真反対の表情。

 

彼女と付き合い始めてから印象変わったねと周りの人に言われるようになった。

 

性格が丸くなったねと言われるようになった。

 

恐ろしいことに周りの高校時代の友人は大学生になった今でも同じことを言う。

 

混ぜ合わせた絵の具から元あった色だけを取り除くのが不可能なように、かつての彼女は尾をひくようにこれから先もずっと僕の何かに影響を与え続けるのだろう。

 

丸い顔、麗らかな表情、笑うと鼻にできるシワ、僕と25cm近く差のある小さな身体。

 

素敵な人だった。

 

悔しいことに今は顔を思い出せるか怪しい。

 

簡単に人の顔なんか忘れてしまう。

 

最近それを実感する。

 

別れてからも高校の中では姿を見かけることはできた。

 

けれどお互い大学生になってからは会う機会なんて無いに等しい。

 

高校三年生になりたての春以来、僕が彼女の横で並んで歩くことは二度と叶わなくなった。

 

SNSで姿をふと見つけると、今でも色々な感情が浮かび上がる。

 

それは無意識のうちに浮かび上がる。

 

別れた直後ほどではないが、今でも別れる前、ホームへと消えてった彼女の背中を思い出すことがある。

 

付き合っていた当時はホームで背中が見えなくなるまで彼女を見送ると、彼女はよく振り返って手を振ってくれた。

 

別れる前、彼女はホームで振り返ることなく、まっすぐと何か強い意志を持ったかのように消えていった。

 

そんな些細なことが一番記憶に残っていたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直なところ高校二年生が一番勉強していなかった。

 

通っていた高校には歴史に裏付けされた数々の伝説がある。

 

例えば高校を卒業するには四年かかるとか(浪人のため)、修学旅行の最中で学年内におけるカップル数の値が最大値をとるとか。

 

そんな中でも有名なのが高校二年生の修学旅行で偏差値が最小値をとるというものだ。

 

その学校伝説の予言と一致する運命であったかのように自分の成績は過去最悪だった。

 

でも当時の自分としてはそんなもの全く気にしていなかった。

 

勉強よりも何よりも大切な存在があったからである。

 

勘がいい人なら気付くだろう。

 

高校二年生×修学旅行、そう恋人がいた。

 

高校二年生、つまり17歳の男子高校生なんて彼女がいたらそのことしか考えられなくなる。

 

勉強は全くしなかった。それでもいいと思っていた。

 

彼女がいる。その事実だけで幸せなのだ。

 

また、部活の友達とも仲良くなりクラスの友達にも恵まれた。

 

彼女がいて、高校も楽しく、部活も楽しかったら勉強なんてするわけない。

 

人間の思考が可視化できるとするならば、当時の僕の脳内は大抵の時間彼女が占める割合が多かった。

 

それくらい好きだった。

僕は怠惰だった。

 

高校一年生は退屈な日々を過ごした。

 

中学三年生の時、様々な条件が偶然一致し、勉強を頑張ろうと思えた。

 

努力をするためにはエネルギーが必要であった。

 

人生をかけていた宙に浮かんだバスケットボールは虚しくもゴールに嫌われ外れた。

 

けれど外れたことで、潔くコートを去ってラインの外に自分の足を踏み出すことができた。

 

現状からの脱却。バスケや先生やその他もろもろ嫌なものから逃げ出すために勉強を続けることができた。

 

結果地元の随一の県立の進学校に進学した。

 

しかし目標を失った人間というものは怠慢になると決まっている。

 

堕落した権力は破滅へと向かうのは必至である。

 

 

 

部活には入ったものの、部活内でも友達は多くなく、家に帰ってはゲームをして時間を潰すような堕落した人間だった。

 

志望校は東工大にしていたが、数学しかやらずに、嫌いな英語はほとんど勉強しなかった。

 

このブログを始めたのもその惰性な日々を過ごしている途中だった。

(あんなにも怠けていたのに本気で東工大を目指していたのだから笑える)

 

努力しているゆえの苦労も知らない青二才の性分が消えるわけもなく高校二年生へと進学した。

 

 

中学二年生でバスケ部の顧問とうまくいかなくなった。

 

練習試合の会場で先生に帰れと言われて3時間かけて家に帰ったこともあった。

 

そんなこんなですっかりバスケに対する熱が冷めてしまっていたのが中学三年生だった。

 

バスケに人生をかけていた当時の僕にしては相当しんどい状態が続いていた覚えがある。

 

しかし僕は中学二年の時に屋外バスケコートに行く途中で猫を拾った。

 

その猫が成長するにして世界が広がっていった。

 

愛情を注ぐ相手。

 

夢を目指し挫折した人が愛する人を見つけて救われるという展開の映画や小説もあるが、それに近かったと思う。

 

愛を注ぐ相手は関係ない。猫であろうが人であろうが関係ない。

 

といったわけで中学三年生の自分はバスケに対して昔ほどの情熱を持たなくなった。

 

中学生の時、猫を拾わなかったら。先生が優しい先生だったら。バスケに対してもっと熱量が高かったかもしれない。

 

けれど、バスケに対する思いがその時に高かったら今の自分はないだろうとはっきり言える。

 

人生といったものは不思議だ。

小説にもありがちな言葉かもしれない。

けれど本当に不思議なものだ。 

 

あんだけ嫌いだった先生も、あんだけ嫌いになったバスケも、今の自分に深く根ざしてエネルギーを送り続けている。

 

先生が嫌いになった。芽生え始めたアイデンティティを踏みにじる人格否定を平気で口に出す先生

バスケが嫌いになった。部活から帰っても夜の深い時間まで練習した、夢をかけていたバスケ。

猫を拾った。一人っ子だった僕の前に愛情を注ぐ相手として初めて現れた猫。

 

たくさんの辛い思いもした。

 

けれどそれらが不思議と歯車になった。

 

運命が回り始めた中学三年生。

中学一年生の時に身につけた休み時間のやり過ごし方の1つである読書のおかげでこの中学2年という学年も救われた。

 

生意気にも村上春樹の小説を読み漁り、退廃的なアダルトな世界に思いを馳せた。

 

わざと他の人にも見えるように自分のロッカーの一番目立つところにはノルウェイの森を置いてみたりした。

 

(生意気だし、大人ぶってるのも腹立たしいw )

 

ちなみにこの学年は友達にも恵まれた。

 

休み時間には腹が痛くなるほど笑ってた。

 

部活ではこの学年で大きな転換点を迎えた。

 

先生と衝突しまくっていたのである。

 

あんなにも大好きだったバスケが嫌いになるほど自分を追い込んだ先生を憎んでいた。

 

この先生が意外にも後の自分を変えてくれるきっかけにもなる。

 

(今回も特段オチがない展開ですんません)