知り合いがほとんどいない中学校に進学した自分。

 

今振り返っても全く友達がいなかったに等しい一年を送っていた。

 

進学してすぐにバスケ部に入ることを決めたので、大好きなバスケを朝と放課後に思いっきり楽しめることが唯一の救いであった。

 

しかしながら学校の休み時間において友達がいないと本当にやることがない。

 

中学一年の当時、日当たりが良い教室の中、学生がおもむろにそれぞれの時間を過ごす中、自分は中庭の池を眺めたり、宿題をしたりしてやり過ごしていた。

 

定食を食べていると味噌汁、漬物、副菜、主菜と塩辛い物が余りあることがあるが、当時の僕にとっては休み時間がまさにそういった余りあるものであった。

 

とにかくやることがない。

 

宿題をすっかり終わらせてしまうと、いよいよ困難な状況に置かれることになる。

 

そんな中僕が見つけた時間を無下にしない方法は読書と自習であった。

 

この2つが後々、僕自身の視野を大きく変えてくれることになった。

僕の中学生時代は他の一般的な中学生と比べるとかなり異質な状況に置かれていた。

 

当時の僕はバスケに人生をかけていたといっても過言ではないかもしれない。

 

中学生になる以前、つまり小学生時代に市内のクラブチームに入ると、バスケに目覚めた。

 

関東大会でも上位一桁に入るほどのクラブチームであった。

 

クラブチームに入って以来、僕は暇さえあればバスケボールを道路でダムダムするような少年と化した。

 

中学生になっても、もちろんバスケは続けていく気でいた。

 

しかし進学する予定であった中学にはバスケ部がなかった。

 

困った。と当時は率直にそう思った。

 

そこで僕は大きな決断をする。

 

「他の中学にいこう」

 

10代になってまもない少年にとって、自分が属していないコミュニティに足を踏み入れるのは想像以上に大きな決断である。

 

しかしながら、小学校の友達とバスケを天秤にかけてもなお、バスケの方に天秤が傾くほど当時の僕はバスケに夢中だった。

 

愚直に自分の気持ちを信じて、知り合いがいない中学に進学することになった。

 

 

 

どもけんけんです。

 

 

今思うと高校一年生の自分は本当何も考えてなかったように思います。

 

 

地元の公立高校の中ではトップの進学校に進学し、母の母校でもあったため非常に満足していました。

 

 

偏差値は70越えの高校であったため漠然といい大学を目指していました。

 

 

当時の僕は東工大志望であったこともあり私立大学の指定校推薦など眼中になかったため、学校の勉強はおろそかにして、自分で勉強を続けていたように思います。[のちに後悔]

 

 

しかし高校受験の重圧から放たれたこともあり、ゲームやバスケ部や友達のことしか考えていませんでした。

 

 

そんな日々を送るだけで、当然中学時代に築き上げた学力は砂のように崩れていきました。

 

 

数学の偏差値は70近くあったものの、ほかの科目は50近くでだったような気がします。

 

 

そんなこんだで中途半端な日々を送るのちに高校一年生の生活は幕を閉じました。

 

 

 

 

 

 

見てる方はいないと思いますが、東工大合格までの日々を綴ることを目標に解説したこのブログですが、いろいろなことが起こり、今現在はとある大学で高校一年生の頃思い描いた生活とは別のキャンパスライフを送っています。

 

 

ぼちぼちブログを更新していこうと思っております。

 

 

目に止まった方はこの空白の2年間を埋めるべく立ち上がったこのブログのことを頭の片隅にでも止めていただきたいです。

 

 

そしてまたこのサイトを訪れてもらえたら幸いです。

 

 

 

ファァァ!テスト終わった〜。

疲れたな〜。最近4時間半睡眠で行けるようになってきたから前みたいに前日に詰め込むんじゃなくて、当日に詰め込めるようになっちゃったから、成績が落ちてる希ガス。

にしても今日は色々といいことがあったなぁ。。。

色々と^_^

おやすみなさい⭐