空と星が終わるまで。 -25ページ目

空と星が終わるまで。

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お久しぶりです(;^_^A
数年前まではこまめに更新していたのに、今ではペタさえ疎かですみません(>_<)💦

転勤になって早1年。
最初はどうなる事かと不安で一杯でしたが、何とか頑張って生きてます(笑)


ただ最近、思うところがありまして。

どうして私はこうもブラックな職場に行き着くのだろうかと。
エステ業界はサービス業だから、就業時間が9時間以上なるのはしょうがないのかも知れない。
でも休憩も儘ならなくて、朝9時半から来て、17時過ぎまで無いとか、30分に減らされたりだとか、体力だって限界だ。
それなのにそれに見合った給料かと言えば全然そうでも無い。

何時ぞや何処かのエステサロンがニュースで取り上げられたけれど、きっと氷山の一角。もしかしたらどこも同じ様な感じなのかもしれない。


でもそれだけならまだしょうがないと割り切れてた。

どうしても許せないのは、会社のトップの人格。

10年も働いてきたスタッフに対して、「もう辞めるからって売上上げなくても良いって思ってるんでしょ、このオバサン‼︎」とか、この会社が合わなくて辞める新人スタッフ達に陰で「階段から落ちて怪我すればいいのに」とか、まず人の上に立つ者の言葉じゃ無い。


憧れて入った筈のエステ業界。
人をキレイにして幸せに導く仕事の、その会社のトップの心が汚れてる。
非常にやるせない。

来て頂いてるお客様は皆んなとても良い方なのに、会社が真っ黒で本当に申し訳ない。

それをしょうがないと割り切る事は私には出来ない。
なのに今は生活の為にその泥水に浸かってなきゃいけない。忌々しい。

分かってる。これはジレンマだって事。
私は何をしなきゃいけないのか。

私はやっぱり自分のお店を持ちたい。

この業界に入ったキッカケは姉から「エステって興味無い?」って誘われ、初めてフェイシャルエステに行って感激した事。
フェイシャルの技術試験でモデルさんに「凄く気持ち良かった!」って言われて天にも昇る気持ちで嬉しかった事。
沢山のお客様に私の手が一番気持ち良いって言われることで自信も付いた。

必要とされたい、笑顔にしたいって気持ちが原点であり、私の原動力。

だから私は私のやり方で人を幸せにしたい。

私がやりたいのは『キャンピングカーサロン』。田舎の酪農家さんだろうと農家さんだろうと気軽にエステ出来るサロン。
私の実家もそうだけど、田舎だと街まで車で小一時間掛けないと美容室にもエステにも行けない。行き帰りの時間がもったいない。忙しい、でもキレイにもなりたい。
いっそ「家に来てくれたら良いのに」
そう親戚の人が言ったのがキッカケ。

それこそ私がやりたかったものだと思った。だってそしたらお母さんにもエステしてあげられる。安直かな?でも一番キレイにして笑顔にしてあげたいのはいつだってお母さんなんだ。

だから絶対叶えてみせる。
より一層勉強しなくちゃ。


でも今まで色んなサロン様々な技術や機械を見れたことは凄く勉強になった。
本当に結果の出る機械やそうじゃ無いもの。ハンドの技術も人の手でここまで変われるんだって前の会社では分からなかった。その点においてはこの会社は確かに凄い機械も持ってるし、技術も良いと思う。


だからこそ本当もったいないなって思う。


今日でとうとう私も30歳になりました。

20歳から今日まで、あっという間に過ぎてしまった様にも感じますが、思い返せば激動続きの10年間でした。


兄の死から始まり、地元・実家暮らしのなかでの葛藤の日々。初めての就職。エステ業界への転身。3度に渡る転職。そして転勤。

その間には自分の命を救い、心の支えだった愛するPIERROTの解散、そしてAngeloの誕生も自分中で大きな影響を与えていて。

喜びと悲しみ、苦悩と前進の目まぐるしい日々でした。

この10年で私はちゃんと成長出来ていたのだろうか?
傷付いて泣いた分ちゃんと強くなれているのだろうか?
10代の自分から見れば人生捨てたもんじゃないって思える様にもなったけど、少しは理想の自分に近付けてるといいな。



でもこの30歳になるギリギリの年で、また、おそらく自分の運命を変える事が起きました。


生まれて初めて恋人が出来ました。


それこそ数ヶ月前まではいつか生涯を共に歩める誰かに会えるといいなと思っていた矢先に、知り合いからの紹介があり、何度か会ってご飯を食べて、お互いの事を喋ったりしていくうちに、自分の中で、もっと彼を知りたい、一緒にいたいっていう気持ちが強くなって。
会いたいとか会えないと寂しいとかそんな事を思うのは初めての経験で。


キリトさん以外の異性に対して好きだなぁって心から思うのも生まれて初めてで。


自分がこんな感情を持ってたなんて、不思議と言うか、なんというか、、

30にもなる女が何を言ってるとか言うかもしれないけど、周りは敵しかいない・まして男なんて弱い女でさえ平気で傷付ける生き物だと思ってた10代20代の自分から見れば、信じられない事で。


でも一度好きだと思ったらそれが揺るがない答えになってた。

ただ年齢差が結構あって、自分から中々一歩を踏み出せないでいたら、向こうから告白してくれて付き合う事になりました。



まだこれから先、どうなっていくのか全然予想も付かないけど、今はこの気持ちを大事に温めていこうと思います。


30歳からの人生は、自分が今まで与えられた温かな愛情を周りに与えていこう。
そして自分の信じる正しさを常に追い求めていこう。

お母さん、私を産んでくれてありがとう。
なんやかんや色々ある日々だけど、それなりに味があって楽しい毎日です。
お腹を痛めて産んだ甲斐がある人間になれる様、最期まで諦めないで生きていきます。


いつか生涯を終える時、『愛』が私が生まれた意味になります様に。



忙しない日々に追われているうちに、KOHTAさんの誕生日も大事な方の誕生日も過ぎていて愕然としております…orz


今更だけど、
伝えたいので。


KOHTAさん、誕生日おめでとうございます‼︎(≧∇≦)✨
ついに40代突入ですね!でもやっぱりAngeloの皆さんは全員年齢不詳で若々しい方ばかりでビックリです(^◇^;)

去年は奇跡のPIERROTの復活ライブで、潤さんやアイジさんと最高の笑顔で引き合ってたあの光景は、これ以上ないくらい本当に幸せな景色で、今でも目に焼き付いてます。
最高のライブをありがとうございました‼︎(*^◯^*)

KOHTAさんの1年がより一層幸せであります様に。



そして、名前は出せないけれど、大切な彼女へ。

お誕生日おめでとう。
同い年と知った時は、ビックリしました。
そして生きていてくれて本当に良かったと思いました。

あの日、私がドン底に落ち込んで死にたくなってた時、優しい言葉を掛けてくれて本当にありがとうございます。
私なんかよりずっと辛い思いをしていただろうに、気を掛けてくれた事、ずっと忘れません。

あの日、もし逃げ遅れて津波に巻き込まれてたらと思うと凄く怖い。
あの絶望的な環境の中、あなたも大切な方々を亡くされて本当に辛いだろうし、その心情は計り知れないけれど、あなたが生きていてくれて本当に、本当に嬉しい。

どんなに辛くて苦しくて悲しいこの世界でも、だからこそ生きる意味はあると、キリトさんの言葉を信じて。

あなたの1年が幸せであります様に。
笑顔が溢れています様に。