終活シリーズ③は綿密な計画を立てたSさんの話しです

 

大腸がんで、肝転移のある方でした

抗がん剤の副作用のため、標準抗がん剤の継続を望まず

肝臓のラジオ波と、当院の少量抗がん剤治療を行ってきました

 

会社を経営していた1人暮らしのSさんの最初の言葉は

「先生、2年は生きたいの・・

会社を手放すのに時間がほしい・・

その後は、住んでいるマンションを売ってどこかに・・」と

経営者らしい計画が立ててありました

そのためには、副作用で苦しんではいられない・・という持論でした

 

ラジオ波は有名なS先生

長期に頑張るSさんの最大の味方でした

 

治療を継続し2年が経ちました

この間に会社を手放し、自分のことを中心にを考えられるようになりました

画像の変化も無くなり、腫瘍マーカーも低く安定しています

 

Sさんから

「今安定しているので治療を休みたい」と申し出がありました

 

本人の申し出に

「じゃあ、しばらく経過観察ね・・」 とあっさり応える三好Dr

 

○月はクルージング

△月は、国内旅行へ  

既にたくさんの予定が立てられていました

 

経過観察に来院しては、旅行の話や

高級有料老人ホームを見学に行く・・などの話しで盛り上がり

休薬期間を満喫されていました

 

小康状態が約1年続き、ひょっとしたら治療せず維持できるかも・・
と思っていた矢先にがんが暴れだしました

 

他医に「来年の夏は迎えられない・・」と言われたので

夏服を全部処分したの

あとは最期をどこで迎えるかを決めなくちゃ・・と

 

都内の有名緩和病院に相談に行き

実家近くの有料老人ホームも見に行き

また、今まで面倒みてきた姪達が、最期は自分たちが診るから・・というので

姪の住む近くの緩和病院を探したりと

いずれのパターンにも対応できるよう準備しました

 

マンションの売却日を決めました

これで安心してその日を迎えられる・・

 

引っ越しが決まり、その準備のさ中、急変しました

 

本来なら、自身で引っ越しを完了し

自分で緩和入院の時期を決め、入院し

皆にお別れをして、さよならする・・

 

そんな計画を立てていましたが

緊急入院となり、数週間後にこの世を去ってしまいました

 

 

後日、姪御さんが挨拶に来られました

 

「叔母が長いことお世話になりありがとうございました

叔母の性格を理解して見守っていただきありがとうございました

最後バタバタでしたが、ギリギリまで自宅に居られて良かったと思います

長期間の入院を望んでいませんでしかたら・・

後悔してるのは、自分で引っ越しを完了出来なかったことでしょうかね・・

まだ、この辺で漂っているかも知れません」

 

 

自分に正直に生き

他人に極力迷惑をかけず

長く臥すことなく

コロッと逝く

 

多くの方の「夢」だと思います

どれだけ綿密に終活していても最期は本当に難しいです

それもそのはず、自分の人生で1回しか経験しないことですから・・

 

さぁ、自身の終活どうしますか?

考えてみてくださいビックリマーク