飯場の子 第3章 11話 「流れ者の労働者(ゴロツキ)と怖い記憶」 (後半) | ポジティブ思考よっち社長

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飯場の子 第3章 11話 「流れ者の労働者(ゴロツキ)と怖い記憶」

後半

 

 飯場に集まる労働者は意外にも、仕事中は無口で黙々と仕事をする人多いものだ普段は汗をかき仕事はよくするし、いわゆる「いい人」なのである。


 しかし、夜の帳がおりて酒が入るとその反動なのか人間が変わってしまうらしい


 

 そんな酔っ払った従業員絡みで、忘れられない記憶がある。


 僕が小学校に上がるころだったと思う。9時ごろ父が不在の際に、酔っ払った若い衆が「奥さーん、ちょっとカネ貸してくれないかな」とやってたのだ父が不在のため母は丁重にお断りするのだが、一旦は下がるも幾度となく現れてくる。こちらも取り合わないようにすると、それがだんだんエスカレート。出てこいよこの野郎「カネ出せ」という怒号とともに、戸がガンガンと叩かれる

 

 まだ小さい子どもとって、その光景は恐怖でしかない。肝っ玉の母親でもさすがに素性のよく分からない酔っ払いの男が複数いれば、怖くないワケがなかった


 そのとき母は意を決し家の電気をすべて消し、玄関から一番奥にある部屋に僕たち子ども3人に毛布をかぶせここから絶対出ちゃだめだよ」と言い残し、裏の戸口から家を飛び出した。近くに住んでいた叔父である専務呼びに行ったのだ


 

 電気も付いていない部屋で幼い3人。外からは戸を蹴とばす音。人でブルブル震えながら、もうダメだと思ったその時、自分たちが隠れている部屋の小道を走ってくる足音が聞こえる素手のケンカならおそらく父親三兄弟で最強の叔父である専務だ。


 その直後にこだまする「てめえらこのやろー!」の声とともに「ドッタンバッタン」の音激しく暴れているのは子どもながらに想像できるのだが恐怖に声も出なかった。一連が過ぎ叔父が姿を見せてくれて「お前たち怖かったろうなぁ、もう大丈夫だ」と声をかけてくれた時の「正義の味方」の顔は今でも忘れられない

 

 その後、専務によって成敗された彼らが、翌日父から大目玉を食らったのは言うまでもない。

 

 さらにこの酔っ払いの記憶としてもう1つ鮮明に覚えているのが、酒好きタナカ」さんの事件だ


 「タナカ」さんは最初は単身で飯場にいたのだが、やがて家族を呼び寄せうちの家から歩いて3分くらいのところにある長屋に引越し、僕と同じ学校に通う息子と娘、そして飯場でまかないを手伝ってくれる奥さんと暮らしていた。このタナカさんも見事な酒乱だった。


 ある日の夕方、家の電話が鳴った。相手はタナカさん。何を言うのかと思ったら会社の文句。酔っぱらった勢いで、父に悪態をつき始めたのだ。

 

 最初は黙って聞いていた父親だったが、あまりの言われように徐々にヒートアップ。しまいにはてめえこの野郎今からそっち行ってやるから待ってろ」と言って電話を切った後母が制するのも聞かずにタナカに向かって行ったその時、なぜか面白半分に「3歳上の次女”アツネエ”こと敦美」父の後についていったのである。

 

 タナカさんの家に到着した父はドアの前で「おい!タナカ出てこい!」叫ぶ。返事はない。


 ドアに手をかけ扉を開ける父。するとその瞬間、奥から本人が「殺してやる!!」といって包丁もって飛び出して来たという父はそれギリギリ交わしてもみ合いになり、の空き地に張り巡らされていた有刺鉄線に突進。2人して血だらけになったという。まさに「有刺鉄線デスマッチ」のリアル版である。


 父も昔はボクシングで鳴らした腕っぷし、包丁を取り上げバチバチ拳を浴びせ殴り倒したところで、タナカ奥さんが縋り付き土下座して謝る始末であったそうな。


 一連の騒ぎアツネエは一歩も動けずに立ちすくんでいたが、父の「アツミ行くぞ」の一言にやっと息ができたと話していた。


 「あー血だらけになっちまった」と肌着に返り血を浴びながら小道を歩く父と幼い娘の姿近所の人はどう思ってみていたのだろうか。

 

 その後、タナカさんはさすがに父に顔向けできしばらく会社に出てくることはなかった。一度は復帰したものの、やはり長続きはしなかったという


 いつもは人のいい若い衆。酒は呑んでも呑まれるな、である。



次女であるアツネエと。(著者)1977年頃平塚八幡宮にて。