歴史って面白い
昨日、建設協会の合同研修会を行った
題材は「平塚と中原御殿」
平塚には中原御殿という場所があるんです
その中原御殿は、かの徳川家康公が造営した鷹場であったこと
鷹場とは軍事教練の演習場であった
平塚という街の発展の起源はほぼ中原御殿に帰属すること
徳川家康公が平塚の中原に鷹場(軍事演習場)を作る1596
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中原御殿ができる(3代将軍まで使用する)
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中原御殿を中心に御林(松林)を造成する
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中原御殿の跡地があるため平塚に宿場町をつくる(本来必要ではなかった)
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御殿があった場所なので徳川家康没後も東照宮が祀られる
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平塚の地が格式高くなる(江戸時代)
↓江戸時代が終わる
明治政府は広大な御林の木を切り出し、木材にする(相州小麦・大豆名産品)
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御林の跡地に広大な土地ができる
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海軍がこの土地に火薬廠を造営する(平塚が海軍の街になる)
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海軍の施設があるので大いに平塚が発展する(関連職業の入植)
↓昭和時代
大東亜戦争時に平塚が空襲をうける(火薬廠)
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空襲を受けた跡地に道路の基盤整備などを行い他の都市よりインフラが充実する
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神奈川の中心にあり商工業の街として発展(昭和時代)
↓七夕まつりの街になる
平成になり…発展が止まる?(現在)
かなり端折ってはいるが、大まかには平塚の都市形成の歴史を紐解いていただいた
講師を受けていただいた土井先生ありがとうございました
大きな歴史の流れにそって、今がある
自分の育った街の歴史を学ぶことは非常に有意義でした
今日も一日に感謝です
