さて少し、いやかなりあいだが空いてしまったが、「GET HAPPY」の続きから始めようか。
東芝EMIイヤーズ秘話、まだ序盤だというのに、もたもたしているうちに、14日のリリ-ス日が来てすでに発売になってしまった。もう入手してくださったよい子の「サンデー銀次」の読者はぜひ、BGMとして流しながら読んでいただければ幸いである。いやが王でも長嶋でもムード盛り上がることと思う。
さて移籍第1弾の「GET HAPPY」のオリジナル盤での曲順は次の通りである。

01) チェリー・ナイト
02) 7月のオーロラ
03) ラヴ・イズ・ヤング・ハート
04) 破りとられたハッピー・エンド
05) 夏のシャングリラ
06) キッズ・アー・オールライト
07) ティナ
08) ダンスの雨に打たれて
09) フラッシュ・インザ・ダーク
10) Angel

オリジナル盤の曲順という表現をしたが、今度のリマスター盤で曲順が変ったということではない。
再発リマスター、音はよくなっても曲順を変えるとまったく別のアルバムになってしまう。
かってオリジナル盤で聞いたことのあるリスナーは、かっての曲順でメモリしているはずだから、そのイメージが壊れてしまう。曲順、つまりストーリーには手を加えてはならないのである。

「GET HAPPY」の頃は、CDよりまだレコード盤のほうが普及していたので、曲順の決め方が、5曲目の「夏のシャングリラ」が終わって、レコードをひっくりかえすと、6曲目の「キッズ・アー・オールライト」がB面の1曲目になるというアナログ盤対応。まるで2部形式のライヴにも似た、休憩後、B面の頭からまた新しいブロックが始まるので、B-1やB-2にも押しの曲をとっておくことが多かった。

CD時代になってからというもの、タワレコの試聴器でいろんなCDを聞いてもみな、最初の5、6曲に、売りの曲を持ってくるようになった。
そのCD対応の曲順に慣れた耳で聴くと、後方に控えている「キッズ・アー・オールライト」とか「夏のシャングリラ」や「ティナ」のような曲がもっと前のほうに来てもいいのではと思えるようになってきた。
リマスタリング中に何度か、「あのー、曲順変えたいんですけど ... 。」といっては、土橋さんにたしなめられたものであった。

風の便りで、大瀧詠一さんが「イーチタイム」をリマスターして出し直すときに、曲順を変更されて、ファンのみなさんが驚かれたという話を聞いた。やはり師匠の辞書には不可能の文字はないのだな。感服。
僕はあやうくのところでなんとか思いとどまった。
このアルバムを愛して聞いていてくださっていた方達のことを考えると、やっぱりできなかった。


リマスターの結果、21世紀対応のすばらしいサウンドにリニューアルされた10曲に加えて、今回はボーナストラックが6曲追加された。

11) IMAGINE ( with 小林克也 )
12) WHATEVER GETS YOU THROU THE NIGHT ( with 小林克也 )
13) 夏のシャングリラ ( Live Version )
14) ダンスの雨に打たれて  ( Live Version )
15) 7月のオーロラ  ( Live Version )
16) Angel  ( Live Version )

こうやって書いているといきなりボートラの説明から始めたくなってきたが、ここはやっぱり順を追って、本編から行くことにしよう。


東芝EMI移籍の第1弾のこの「GET HAPPY」の最大の特徴は、数ある銀次のアルバムの中でも最もエレクトロ・ポップ色が濃いことだろう。

それまでのアルバムでも、シンセサイザーやプログラムされたドラムやベースなどをすでに導入していたが、表向きの聞こえの質感はあくまで「生」的な、人間的な表情をしていた。
たとえば「WINTER WONDER LAND」での「僕と彼女のショートストリー」のドラムは打ち込みだが、ゴンチチのアコギや曲調でカモフラージュされていて、それとはわかりにくい。
この曲のドラムの打ち込みをしてくださったのは、YMOのマニュピュレーションを担当していた、日本のコンピュータ・ミュージックの草分け、松武秀樹さんである。一聴してジャズで使われるブラシのように聞こえる音も、実は「打ち込み」なのである。



名ドラマー、スティーヴ・ガッドが両手に持っているのがブラシです。これですばらしいプレイを披露してくれていますが、このとき叩いているのはスネア・ドラムではなく、アンペックスのテープの箱です。2分34秒あたりから魔性の演奏が始まります。


曲調がナットキング・コールの「スターダスト」を意識したものだったので、いつもの「タン」というスネアの音ではなく、「サパタ」という響きのブラシで、どうしてもやりたかったが、あいにく、松武さんのお持ちのライブラリーの中にブラシの音がなかった。
あれは新宿御苑にあったテイク・ワンスタジオだった。なにかそれっぽい音になりそうなものはないかとアシスタント・エンジニアに頼んで、スタジオ中のがらくたや、ダンボール箱などを、しらみつぶしに探してもらった。
しばしの捜索の後、「銀次さん、これなんかどうすかねえ?」と彼が持ってきたのは、アーティストの名前は忘れたが、販促用に作られた団扇(うちわ)だった。おっこれはなんかいけそうだ。

松武さん、どうですかねと尋ねてみると、紙をはがして骨だけにして、スネアを叩いてみるとひょっとするかもしれませんねと、かなりノリ気になられている。

さっそくスネアにマイクを立てて、骨だけになった団扇で僕が叩いてみた。「どうですかね?」
松武さんはがはがはははと得意の高笑い。バッチリですよとさっそくサンプリングして使うことにした。
ムーディーな曲中、2拍目、4拍目にブラシっぽくパサッと聞こえるのは、団扇ブラシだったのだ。
いまカミングアウトして、やっと内輪の話じゃなくなりました。

あの当時はまだ「打ち込み」の黎明期。イメージの音がなくて、エレベーター横の非常口の重い金属の扉を閉める音を録って使ったり、何でもかんでも叩いてはサンプリングしたものだ。何の意味があったのかと聞かれても困る。とにかく聞いたこともないような未知のサウンドを獲得したかったのだろう。



The Art Of Noiseというユニット名に心震わせたものです。その後の技術革新と機材の廉価化のおかげで、今聞いても別にどうってことないかもしれないけれど、あの当時にあっては最新鋭の音。通称オケヒ、オーケストラ・ヒットも今は懐かしの響きに ... 。


「GET HAPPY」の秘話なのに、「僕と彼女のショートストーリー」のメイキングの話をしてしまった。
少し遠回りしているが、何が言いたかったかというと、この曲にかぎらず、以前からもう「打ち込み」による銀次のエレクトロ・ポップはさりげなく始まっていたと言うことなのだ。

それがなぜ「GET HAPPY」で、急にエレクトロ・ポップというか、打ち込み色が強くなったように感じたのか? 
その理由はたぶん、「Angel」の長岡君のフレットレス・べースを除く、すべての曲のリズム隊、つまりドラムとベースを思いきって「打込み」だけにしたことではないかと思う。そのことが結果として「GET HAPPY」が最も、80年代のサウンドの香りを一番濃厚に感じる理由でもあると思う。

つづく