バンドはおもしろい。自分一人のコンピューターを使った打込みで作った音楽は、自分が思い描いたとおりの結果になり、それはそれで満足できるものだが、統一されたテーマのもと、ちがう何人かの人間が関わるバンドのほうがより広がりを持ち、曲が化けることが多くはるかにおもしろい。

そのきっかけは、誰かの思いつきだったり気まぐれだったりすることもある。
心の中で呼ぶ声に耳をかたむけることができて、予備知識ではなくいつもまっさらな現場感覚を持ち、互いにそれを認めるあうことのできる人たちが集まった場合にはつぎつぎ連鎖反応が起こる。
曲はほっておいてもどんどん成長するのだ。

アルバム「G. S. I Love You」は、沢田研二さんやALWAYSなどのミュージシャンだけでなく、関わったすべて人たちによるひとつの大きなバンドだったような気がする。

回想録なので、物事は時系列どおり順を追って進むわけではない。タイムマシーンの設定をちょっと前に進めてみよう。待望の「G. S. I Love You」のテスト盤がやっと上がってきた頃にだ。

はじめて全曲をアレンジさせてもらったアルバムのテスト盤は待ち遠しくひとしおだった。
手にしたジャケットがカラフルでポップ。ワクワクしながらレコードに針を下ろした。


G.S.I LOVE YOU/沢田研二

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今となっては懐かしい表現だ。レコードに針を下ろす、この行為は現在のデジタルな音楽の聞き方では決して体験できない実にハートフルな手作業。そのひと手間がさらなるワクワク感を増幅したものだった。

僕はこのアルバムにはアレンジャーとして関わらせていただいたので、沢田さんのヴォーカル録音には参加していない。いわゆるオケまでしか関わっていないのだ。歌入れは加瀬さんと木崎さんが立ち会われている。なので、曲によってはタイトルが仮で、詞がついていないままでレコーディングしたものもあったりしたので、タイトルを見てもまだどの曲かわからなかったり、とても新鮮な思いで針を下ろしたのだった。

まず1曲目のHEY ! MR. MONKEY。えっ,なにこれ? いきなり度肝を抜かれた。
ドラムが左チャンネルにいるではないか。そしてベースが右チャンネルに ... 。なんという大胆な音像だ。ちょっと前のAORやフュージョンなど、平穏なサウンドに慣れた過ぎた耳に一撃をくらわせる衝撃的な配置とEQのトリートメントだった。

まるで「リヴォルヴァー」のようなステレオ感。まさに「G. S. I Love You」というアルバム・コンセプトにぴったりの解釈、大御所のあまりの思い切りのよさに息をのんだ。

沢田さんのデモテープを聞いたときに、「短調のTAX MAN」にしようとアレンジで意識的したことを、ミキシング・エンジニアの吉野金次さんが感じ取ってくれたのだろうか? 

その驚きがおさまらないままの2曲目、いきなりのストリート・ノイズだ。そこにまるでピンクフロイドの「ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン」のオープニングのような、ジュリーのノイズ、ノイズ、ノイズ ... という声がかぶってきて、ガツンと本編が始まるストーリー展開。
僕たちが録ったカッコいいオケが、さらに思いっきりデフォルメされたエキサイティングなサウンドになっているばかりか、間奏あたりから、ストリート・ノイズだけじゃなく、さまざまなノイズが幾重にもダビングされている驚きのミックス。
そのまま続く「彼女はデリケート」のイントロのドラムのフィルも、サンプリングされて繰り返されて、一度ギアを入れ替える焦らしのイントロに変貌していたではないか ... 。
手の平に発汗し、背筋に戦慄が走りっぱなしだった。なんという演出。すごいミックスだった。

そこへちょうど佐野君からの電話がかかってきた。とても興奮していた。彼も「G. S. I Love You」のテスト盤を聞いた直後だったのだ。

「銀次、ミックスを聞いたかい?」「ああ、いま聞いてたとこなんだけど、なんかすごいことに ... 。」と、僕が最後までいい終わる前に、「銀次、NOISEだよ。あれはすごい曲だ。今年一番のロック・チューン。吉野さんはグレイト・ロックンロール・エンジニアだよ。」

吉野さんの当時のホームグラウンドは、新宿御苑前にあったテイク・ワン・スタジオ。あとでテイクワンのアシスタント・エンジニアから聞いた話では、「NOISE」をミックスされていた時、このままじゃ普通のロックだなあと吉野さん ...。そこでいきなりアシスタントの彼に、表の新宿通りでストリートノイズを録ってきてくれないかといわれたそうだ。それをエディットして要所要所に配置。これはまさしくアレンジに等しい仕事ぶり。まるで「Tomorrow Never Knows」のようなサウンド・コラージュを試みられたのだ。





ミックス前の「NOISE」はまだ完全体の「NOISE」ではなかった。
「もっと過激に」というテーマが、最後の行程で、吉野さんの大胆なトリートメントでほんとうの完成をみたのだった。

それまでミックスは、各楽器の音をきれいにお化粧して歌とのバランスをとるだけのものだと思っていた。すでにアレンジされたものに手をくわえるなんてことをするエンジニアとは出会ったことがなかったのだ。
後に外人のエンジニアと仕事をするようになると、吉野さんのこのやりかたが別に奇異なものではないことがわかった。入っているはずの楽器をミュートしておいて途中から使ったり、いきなり出だし全体がラジオみたいな音色だったり、ほとんどアレンジの領域に近いようなミックスが当たり前だった。お仕事としてのエンジニアリングではなく、音楽家としてアイデアを提供してくれるエンジニアリングなのだった。

その後まもなく始まったシングル「SOMEDAY」のレコーディングにあたり、佐野君がエンジニアに吉野金次さんを指名したのは、この「NOISE」のミックスがあってのことだったのはまちがいない。
興味深いことに、シングル「SOMEDAY」も街のノイズから始まっている。

その佐野君は、沢田さんのためにちょっと過激な「彼女はデリケート」を書き下ろした一方で,もうひとつのジュリーの大切な魅力を決して忘れてはいなかった。

         つづく