今、沢田研二さんのアルバム「G. S. I Love You」を振り返るとき、うんと初期のレコーディングの段階で、佐野元春曲のセッションが行われたような気がしてならない。というのは、「彼女はデリケート」のセッションで覚えているエピソードでは、どうもまだ沢田さんのバンド、ALWAYSと僕とのコミニュケーションがまだしっかりとれていない感じがするからだ。むしろこのセッションを経験して一丸となれたような気がする。
僕の記憶にあるシーンから推理すると、佐野元春セッションはひょっとすると、G. S. I Love Youの第1セッションだった可能性が高い。定かではないが ... 。

佐野君はジュリーのこのアルバムのために3曲書き下ろした。
「ヴァニティー・ファクトリー」、「I'm In Blue」そして、「彼女はデリケート」である。
前者2曲を同じ日に録って、デリケートを別の日に録ったような気もするが、やっぱり3曲いっぺんに同じ日に録ったような気もする。30年も前のことでそのへんは記憶が定かではない。

佐野君はまるでクラークケントのような人だ。
音楽を離れたところでは、眼鏡をかけた折り目正しい言葉遣いの心やさしき青年なのに、ビートの中に飛び込むやいなや、誰にもとめられない炎のロックンローラーに変身してしまう。
彼がはじめてスタジオにやってきたそのときには誰も彼のその姿を思い描くことができなかったと思う。
加瀬さん、木崎さん、 ALWAYSのメンバー、そして沢田さんと挨拶をかわしていたときは、おとなしい好青年にしか見えなかったはずだ。

沢田さんはリズム録りからスタジオにおられた。今回は特に自らのルーツ、GSへのオマージュがコンセプトということもあって、積極的に参加を望まれたと誰かから聞いていた。


「彼女はデリケート」のデモテープを木崎さんからいただいて初めて聞いたとき、ジョー・ジャクソンの「I'm A Man」みたいだなと思った。





そのままでも十分カッコいいニュー・ウェイヴィーな曲だったが、何かもうひとつちがう要素を加えて広がりをつけたかった。歌メロのかげに寄り添う重要な脇役のリフがほしかったのだ。
そこで浮かんだアイデアはスタックス・ソウル。オーティス・レディングの「I Can Turn Your Loose」みたいな、ベースとギターのユニゾンのリフをブルーノートにして、イントロにした。





沢田さんが大好きだったローリング・ストーンズもオーティス・レディングから影響を受けている。このリフの上に、ミッチ・ライダーとデトロイト・ホィールズ的なコード・ラインのオルガンをのっけて、歌と歌の間にときどき現れるようにしたら、ぐっとガレージ・バンドっぽくなった。






譜面が配られ簡単な打ち合せのあと、いよいよリズム・トラックのセッションが始まった。
スタックスなイントロにあおられてか、まだリハーサルだというのに、佐野君はいきなりエンジン全開で歌い始めた。加瀬さんや沢田さんの目の色が変わった。「彼、すごいね ... 。」と感嘆なさる加瀬さん。ALWAYSのメンバーも驚きは隠せないようで、炸裂する彼の歌のエネルギーに驚きながらも、だんだんとひっぱられはじめた。

1回目のリハ・セッションが終わり加瀬さんと木崎さんと話し合う。木崎さんも加瀬さんもおっしゃることはひとつ。
「もっともっと過激になんないかな?」

僕もそれは感じていたが、ALWAYSはどちらかというと成熟したアダルトなサウンドのグループだったので、それをどこまで崩していいのかが、新参者でアウェイ感のある僕には決められなかった。でもお二人のお墨付きをいただいたので、さっそく改造にとりかかった。
まずテンポを上げることにした。佐野君と相談してかなりハイテンポにした。えっ、こんな早いの?なんてメンバーから声が聞こえたが、おちついて演奏していられるテンポでは、過激にはほど遠い。考える回路を停止させて、ビリビリくるような感覚だけで、ワイルドな演奏をしてほしかった。

ギターをもっと歪ませましょうよと、リード・ギターの沢さんに僕がお願いしているとき、佐野君はとみれば、ドラムの鈴木さんのところへ行って、おかず(フィルイン)を身振り手振りをまじえながら指定していた。もうみんな一丸となっていたのだ。

そして2度目のリハ・セッションが始まった。佐野君はさらにボルテージが上がってヘッドフォンがすっとびそうだ。
ちらっと沢田さんの方をうかがうと、腕を組みながら聞いているその目が輝いていた。

気づくといつのまにか、プレイバックの音量が上がっている。トッピーの顔を見るとうれしそうだ。
ラージ・スピーカーがとぶのではないかという大音量。なんてロックな音楽環境なんだ。
みんなの体温がどんどんあがってくる。

後からトッピーに聞いた話だが、ミックスを担当する師匠の吉野金次さんに、「とにかく元気のいい音をとってきなさい。あとは僕がなんとかするから... 。」と言われてきたそうだ。素晴らしいフトコロの深さではないか。


佐野君はまるで、ジーン・ヴィンセントの「ビー・バップ・ア・ルーラ」を歌うエルヴィス・コステロのようだった。





とても仮歌とは思えない本気のうたいっぷりに、彼らしい一途さが溢れていて、それを聞いていると、ここはがんばってなんとしてでも、この作品をダイナマイトなものにしなければという気持ちを強くした。もう一歩もひきさがれなかった。

始まった頃に比べてかなり熱いサウンドになってきたが、まだ加瀬さんや木崎さんは満足していなかった。

「ギターがもっと過激になんないかな?」

さっそく僕はリード・ギターの沢さんのところまで走った。

      つづく