沢田研二さんとの初対面に笑顔をいただけたことは、なによりも幸先のいいすべり出しだった。
その後、僕がアルバム「BABY BLUE」をリリースしたあと、沢田さんと雑誌の対談をさせていただいたことがあった。そのときに沢田さんは初対面の印象を、銀次っていうからどんなイカツイ人が来るのかって思っていたらイメージが全然ちがったと話しておられた。まさかこんなクリクリ坊やが来るとは思ってもみられなかったのだろう。
レバニラはあってもタラレバはないが、もしあのとき戸惑う心に身をまかせてじっと待ったままでいたなら、その先のレコーディングはまったく異なる展開になっていたかもしれない。


「G. S. I Love You レコーディング秘話」、連載2回目にしてさっそく読者のみなさんから続々反響が来ていてうれしい。中には 「この話題終わってしまうと寂しい想いも・・・。ちょっと焦らしながら、楽しませてください。」というご意見もあった。
確かに、アルバム「G. S. I Love You」のレコーディングは、「すごいレコーディングだった」の一言で片付けようと思えばそれで終わらせてしまうこともできる。ありがたいお言葉に、せっかくだから甘えさせていただいて、じわじわと焦らしながらいってみようかと思う。
なのでみなさんもじっくりとおつきあいください。


レコーディングの本編のお話に入って行くまえに、アルバム「G. S. I Love You」の曲目を紹介しておこうと思う。曲のタイトルに続くのは作詞者/作曲者のお名前である。



☆「G. S. I Love You」☆

リリース : 1980年12月23日

Side A

01) HEY!MR.MONKEY (糸井重里 / 沢田研二)
02) NOISE (三浦徳子 / 加瀬邦彦)
03) 彼女はデリケート (佐野元春 / 佐野元春)
04) 午前3時のエレベーター (三浦徳子 / かまやつひろし)
05) MAYBE TONIGHT (三浦徳子 / 鈴木キサブロー)          
06) CAFÉビァンカ (三浦徳子 / かまやつひろし)

Side B

01) おまえがパラダイス (三浦徳子 / 加瀬邦彦)
02) I'M IN BLUE (佐野元春 / 佐野元春)
03) I'LL BE ON MAY WAY(三浦徳子 / 伊藤銀次)
04) SHE SAID…… (三浦徳子 / 加瀬邦彦)
05) THE VANITY FACTORY (佐野元春 / 佐野元春)
06) G.S.I LOVE YOU (MARIA MESSINA / 沢田研二)


この中から、アルバムと同日にシングルカットされたのが「お前がパラダイス」。





どことなくアニマルズの「 悲しき叫び」や、ビートルズの「Oh Darling」を思わせる曲調が、アルバム全体のコンセプトを予告編のように匂わせている。この曲も含めた全12曲の編曲をいきなり僕が担当させていただいたのだ。

まだアナログ盤しかなかった時代なのでA面、B面の表記にしておいた。
当時の手帳を保存していなかったので、どの順番に録音していったかが残念ながらわからない。
うろおぼえの記憶では、加瀬さんの曲や佐野君の曲が、はじめのほうにレコーディングされたような気がするが定かではない。1日に2曲ないし3曲のリズム録りのペース。かまやつさんの2曲は同じ日に、佐野君の3曲もまとめて同じ日に録音したような気がする。

ストーンズっぽい曲からビートルズっぽい曲まで、実にバリエーション豊かなラインナップ。デモテープをいただいてアレンジを考えている時に、作曲者のみなさんがこのあたりの大好きな人ばかりで、楽しんで作っておられるのがよく伝わってきた。
アレンジは、加瀬さんと木崎さんといっしょにキーとサイズを決め、その曲のココロみたいなものを確認したら、とりあえず僕におまかせだった。僕がアレンジを考えリズム譜を書いてスタジオに持って行き、当時の沢田さんのバンド、ALWAYSとセッションをする中で、さらに作曲者のかたや加瀬さん、木崎さんから出てくるアイデアやアドヴァイスを入れながらまとめていく。そういう意味ではいろいろ学ぶところの多いレコーディングだった。

「G. S. I Love You」 のレコーディング中に頻繁にみんなの口から出た言葉があった。
それは 「もっと過激に」だった。
ストーンズやビートルズなどに対するオマージュを、ただ懐かしさで振り返るのではなく、
ポリスやコステロやピーター・ゲイブリエルの音作りのような、エッジの立った、とんがったアレンジと音色で表現することがこのチームの目指すところだった。



ニューウェイヴ勢では、XTCのこのあたりから「Black Sea」に流れていくサウンドの感じが当時一番好きだった。


そういう意味では僕がALWAYSといっしょに派手なサウンド作りをしても、それを録音してくれるエンジニアが重要になってくる。ラッキーなことに、リズム録りのエンジニアのトッピーこと飯泉(いいずみ)俊之君は、ニューウェイブ・シーンのレコードをよく聞いていて、まだ未完成ながらも、恐いもの知らずの冒険心にあふれたエンジニアだったのがよかった。

トッピーは、はっぴいえんどの「風街ろまん」を手がけた、ロック・エンジニアの草分け、吉野金次さんの門下生。
「G. S. I Love You」では、吉野さんの弟子筋のトッピーがレコーディングして、最終的なミックスを吉野金次さんがされるというやりかた。
当時ウェストコースト・サウンドの新しい担い手として頭角を現わし始めたデヴィッド・フォスターのエンジニアがこのやり方を採用していたことから、そのエンジニアの名前をとって「ウンベルト・ガティーカ方式」なんて僕たちは呼んでいた。余談だが、僕のアルバム「WINTER WONDER LAND」もこの方式で、吉野さんがミックスされたものである。



1970年に「風街ろまん」を聞いて驚いたあまりの音のよさ。それまでの日本のロックではなかった洋楽並みの低域やドラムの立体感に、おもわずエンジニアのクレジットを見ると吉野さんの名前が。


佐野元春の「SOMEDAY」も吉野金次さんだが、なぜ佐野君が吉野さんを選んだのかは、この先の流れで登場する。どうかお楽しみに。じわじわ行こう。

「もっと過激に」が加瀬さんや木崎さんの口から出るたびに、僕は初めのうちは軽い衝撃を受けながらもなるほどと納得させられた。
歌謡曲の最前線にずっといるはずのジュリーが、なぜいつも新鮮な輝きを保ち続けているのかという理由が見えてきたからだ。王道を押さえながらもいつも冒険する気持ちを忘れない。守りに入ったらまるで終わりだよといわんばかりのロック・スピリットがそこにあったからだった。

トッピーに加えて、「もっと過激に」にさらに拍車をかけることになったのが、佐野元春だった。
彼は自作の3曲の仮歌を歌うためにスタジオにやってきた。
そしてその中の「彼女はデリケート」でのセッションで、スタジオ中のすべての人々の気持ちを熱くたぎらせたのである。それは僕もかって経験したことのないスリリングでドラマティックなセッションだった。

          つづく