トッド・ラングレンのアルバム「Runt : The Ballad of Todd Rundgren」のジャケを見ると、70年代に一度だけ行ったことのある、新宿ユニオンのレコード・バーゲンのことを思い出す。

なにせ初めてのバ-ゲン参加。のんびりと開店直前に行ったみたらお店の前はすでに長蛇の列。
これは甘かったなと悔やみながらも列に並んでいたら、並ぶのをあきらめたショートカットの見知らぬ女の子が、僕の所に来て「トッドのRuntがあったら私の代わりに買っといてくんない?」と言ってきた。
「バラードのほうだよね?」とたずねると、「そう、トッドがピアノの前にすわってるやつ ... 。」

CDがこの世にまだ存在しない頃の話。名盤「Runt : The Ballad of Todd Rundgren」も、まだマニアのみぞ知る、かなり入手困難なレコードだったのだ。





どうして僕が指名されたのか理由はわからなかったが、トッドが好きなかわいい女の子に会えたことがうれしくて、「ああ、いいよ。」と軽く答えてしまった悲しい男の性(さが)... 。

いよいよお店が開いた。開くやいなや、誰も彼もがおそろしい勢いで、どっと店内に殺到。みんなあれよあれよというまに、各レコード棚を占領してはタッタッタッタッと音を立てながら、すざましいスピードでレコードを見始めた。
のんびりしてはいられない。僕もなんとかかろうじて1列確保したが、見ている間にも、何の断りもなしに横から何本も手が出てきて落ち着いてみていられない。
これがバーゲンというものか。戦場と化した会場。だが頼まれものがあるので、とにかくがんばるしかない。なんとか全箇所をチェックして、よれよれになりながらお店を出てきた。

「どう。あった?」と、舗道の敷石にすわって待っていた彼女。
「ごめん、見つかんなかった。」と答えるしかなかった。
すっと立ち上がると、「やっぱりね。わかった。どうもありがとう。」
笑顔でお礼をいうとそのまま彼女は、新宿駅のほうへスタスタと去って行った。
なんだかわからない不思議な余韻に包まれたまま、僕はしばらくそこに佇んでいた。

別に何があったというわけでもないが、「Runt : The Ballad of Todd Rundgren」のジャケットを見るとその光景が鮮明に浮かんでくる。
トッドが縁のほんの一瞬の出会い。
あの後、彼女はアルバムを手に入れることができたのだろうか?そしてどんな人生を歩んだのだろう?




一昨日はお誘いを受けて、高野寛君のライヴを見に行った。
ひさびさにバンド形態でのライヴやりますというメールを、本人から直々にいただいたものだから、「バンドでのライヴいいですね、よろこんで参加させてください」と高野君に早々にお返事をしてしまった。
まったくオバカなことに、うっかりして黒沢君とソワンソング君のユニット、「クロソワン」のライヴが同じ日だったことに気づかなかったのだ。

しょうがない、ひさしぶりに「移動銀次」の出動かといろめきたったが、やさしい黒沢君の 「僕たちは30分くらいのライヴだから気にせずにどうぞ。」といってくれた言葉に、今回は申し訳ないが、ごろにゃんと甘えさせてもらうことにした。





コンサートは、トッド・ラングレンの「I Saw The Light」のカバーから始まった。
高野君が日本語詞をつけたもので、サビの「In your eyes, in your eyes」が「光る愛 強い愛」と訳されていた。全体としては元の詞の世界観を損ねず、このサビの原詞の持つ音の響きを見事に生かした名訳。
これはオリジナルにも等しいもの。常に詞と曲の両方の世界を行き来している人でないとできない芸当だ。

とにかくショーの構成が抜群だった。たぶん高野君の頭の中で、いくつかのシーンに分かれたひとつのストーリーができあがっていたのではないか。サウンドだけでなく、歌詞にも重きをおいた曲の並べかたが、まるで1本のミュージカル映画をみるようだった。
最後の最後のアンコール、「Glow」はまるで映画のエンドロールのよう、詞がよくてちょっとジョワンときてしまった。


そして何よりも歌が素晴らしかった。しなやかでのびやかで、それが力強かった。
バックを支えるママラグの田中拡邦君やリトル・クリーチャーズの鈴木正人君たちの安定感あるサウンドにも支えられてか、ときどきギタリストとしての鋭さや情感をみせてくれる場面も見応えがあったが、終始ブレることなく、腰をすえて100%歌うことに集中していたのが印象に残った。
まさにヴォーカリスト高野寛の進境著しいライヴといってもいいだろう。

きっと高野君、歌に関して何か大きな発見があったのではないだろうか? 
何か歌の真実みたいなものに触れる機会があったのではないか?
歌を歌うことそのものの喜びが伝わってきて、自分のことのように幸せな気持ちになった。

高野君も転がり続けている。いいね、僕も負けずに転がり続けていくよ。