この日のゲストの中で、僕が個人的に強く印象づけられたのは、ヒートウェイヴの山口洋君が歌った「君を連れて行く」だった。
まるで山口君のために佐野君が誂えて作ったかのような、というか、知らなければ山口君の曲だと思ってしまうだろう。もちろんこの曲は1993年リリースのアルバム「circle」のために佐野君が書いた佐野君の持ち歌である。バブルがはじけた頃の世相をやさしい目線で切り取った問題曲。誰もポップソングの素材にしなかったテーマを元春は取り上げた。山口君は1996年リリースの元春トリビュート・アルバム「Border」でこの曲をカバーしていた。山口君はミサキ・プレッソとも縁のある人だ。



僕がはじめて聞いてすぐ好きになったヒートウェイブの曲。すぐに番組にゲストに来てもらった。


この日の山口君は、まわりのものを焼き尽くしてしまうほどの激しさで歌う、いつもの山口くんではなかった。慈愛や包容力に満ちるその歌い様は、いままで僕が見たことのない山口洋君だった。
師匠と呼ぶ佐野君との温かい人間関係があってこそ、にじみ出てきたものかも知れない。

ゲスト・コーナーはいよいよ終盤へ。スガシカオ君による「ヤング・ブラッズ」の始まりだ。
なんとスガ君、トレードマークのギターを持たずにハンドマイクでの挑戦。
噂で聞いた話では、本人のあえての希望だったということだ。いかにこの瞬間に気を入れて来たのかがビシビシ伝わってくるエピソードだと思わないか。
佐野君のオリジナル・ヴァージョンとはまたひと味ちがう、軽やかな歌いっぷりとダンサブルなステージングで、会場はよりいっそう華やかな盛り上りを見せた。

そして山下久美子さん登場。やっぱり女性はすごい。驚いた。しゃべりかたから歌声まで、まったく昔に戻っている。そういえば湾岸のスタジオでのリハーサルのときから、僕があのoffstage Talkで対談したときの、「お母さん」の山下久美子さんはもうどこかへ行ってしまっていた。あの総立ちの久美子が帰ってきていたのだ。
もちろん曲は「ソー・ヤング」。うれしいね。まさにそのとおりだったから。



突然、暗転のステージに灯りがつくと、そこに野茂 英雄さんが!もちろんお客さんは大騒ぎ。
うれしいサプライズだ。バックに「ワイルドハーツ」が流れる中、佐野君への祝福のスピーチをされた。飾らない、実に誠実なコメントが感動的であった。

ライヴ終了後に楽屋で野茂さんに握手をしていただき、興奮した僕は「母親が野茂さんのこと大好きで ...。」なんてとんちんかんなことを言ってしまった。野茂さん、いきなり取り乱したようで失礼いたしました。でもこれはほんとのことなんです。


野茂さんからメッセージ入りのグラブが元春へ手渡されると、スカパラホーンズ、藤井君、コヨーテ・バンドの深沼元昭君、山口君と僕がステージ上に勢揃い。いよいよゲスト・セクションの最後の山場、「約束の橋」だ。





いったいステージに何人のギタリストがいたんだ? 1、2、3、4 .... なんと7人だ。
間奏は代表して、深沼君と僕が交代でギター・ソロをとらせてもらった。ありがとう佐野君。実にニクい演出。新旧の元春バンドのギタリストによるソロの響宴を披露した。

それは緊張感とは別のものだった。ちょっとでも気を許すと晴れがましさに冷静でいられなくなる。
演奏中ずっとある種の高揚感におそわれていた。こんなにも素晴らしいステージに立っているという、そのことがまさに何よりも幸せでならなかった。心は天にも舞い上がりそうだった。
構成がサビになると元春の合図で、センター・マイクに歩き、ひとつのマイクを彼とわけあって歌った。そのときは恥ずかしながら、ちょっとしたキース・リチャーズ気分だったね。

ここまででも十分に素晴らしいライヴだったのに、ほんとうにすごかったのは、ここからライヴの最後を見事に締めくくった、佐野元春自身の熱演だった。
楽屋にいたすべての出演者達が、モニター・テレビに釘付けだった。1曲終わるごとに楽屋から拍手が送られる。こんなライヴは初めてだ。

この日の元春はどこか神懸かっていた。まるで「火の鳥」のようなオーラを感じた。ゲストが作った花道をしっかりとした歩調で、最後に堂々と歩いて行く。「Rock & Roll Night」も「ニュー・エイジ」も「サムデイ」も「悲しきレイディオ」も「アンジェリーナ」も、耳慣れた曲達が今夜はひと味ちがって聞こえた。
ずっと変らぬロック少年の心と30年目の風格とが同居した、この日ならではの歌いっぷりが、雄々しく心に響いた。
この先ひょっとすると、またもう一度大きなピークが彼にやってくるんじゃないか、そんな予感さえしてきた充実のフィナーレだった。

会場に集まってくださったオーディエンス、そしてすべての出演者とスタッフ、そして佐野君、一生忘れられない夜をありがとう。あの夜はすべての人々がキラ星のように輝いていました。

そんな感じで、東京国際フォーラムもきっと素晴らしいライヴになるだろうなと思っていたら、11日の震災。12日と13日は中止、すっかり延期となってしまった。ほんとに残念だ。
振替日については4月20日に発表されるとのこと。こうなってしまうと、あの夜の盛り上がりを絶対に絶やしてはならない気がする。元春も新たな覚悟で臨んでくることだろう。リスタートをきる佐野君に大いなる期待とエールを送りたい。