この作詞家コネクションを始めてから、ある本を真剣に探し続けていた。きっと、自分関係の記事や掲載された本ばかり集めた本棚にあるだろうと高をくくっていたら、そこになかった。
こころあたりを探せど行方不明の日々、焦りはじめていたとき、無造作に積まれた本の山の一番下にあるのを見つけた。その本のタイトルは「いろんな気持ち」。いまや入手困難になった康珍化さんの処女SONG詩集である。


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1988年の初版。その本が編纂されるまでに康珍化さんが手がけられた500曲以上の詞の中から、約70曲の詞が選ばれ載せられている。もちろん「悲しい色やね」や「ギザギザハートの子守唄」などのヒットで散りばめられているが、なんと名誉なことに、僕の曲につけてくださった詞が6つも載せられていたのだ。


   ちがうんだよ
   パパラプドピピラプ
   雪は空から降ってくる
   彼女のあやまち
   誰のものでもないBABY
   あの娘のビッグ・ウェンズデー


直接ご本人から手渡していただいたことをよく覚えている。表紙をめくるとすぐに「伊藤銀次様 康珍化」と、康さんからの謹呈のサインがていねいに書きこまれていた。
ヒットした曲でもないのに、選んでくださったということは、康さんにとっても思い入れのあった作品たちだったのではと勝手に解釈している。僕にとっては一生の宝物だ。

どの詩にも、あえて歌手名はおろか作曲者の名前もクレジットされていない。
制作中には作曲者と共有しあっていた、そして発表されたとき一度は歌い手のものになったはずの詞が、やっぱり作詞者のものなんだぞと主張しているような気がした。
そのつもりで見ていると、メロディーや歌の力を借りなくてもそのままでりっぱに成立していることに気づく。魅力的なストーリ・テラー、康珍化の世界をそのまま味わうことができるのだ。





「彼女のあやまち」とはもちろん「彼女のミステイク」のことだが、なんと「やさしくなんて...」からの大サビの部分が割愛され、僕が歌っていない4番の詞が書かれていたので、それを引用させていただく。


夜明けが好きな天使たち
夜通したたいた
ピンボール
空を見上げる事故車
思い出なんかに
もう頼れない
Oh, It's a Mistake
彼女のあやまち


遠い記憶をたどった。おぼろげな過去の断片がやがてつながる。
はじめこの曲のデモーテープを康さんにお渡した時には、まだ大サビはなかったのではないか。

アルバム「BEAT CITY」では、リズム録りからミックス、マスタリングまでの全行程をロスアンゼルスで行うので、ほとんどの詞の直しを、東京とのファックスのやりとりで行った。

「彼女のミステイク」は、大サビのない4番までの構成で詞をつけてもらいLAに向かったが、現地でリズムトラックを録るときに大サビがひらめいて、東京の康さんに書き直してもらったような気がする。
きっと僕が削ってしまった4番に、康さんはとても思い入れがあったのだろう。
それがこのかたちでの発表、そして「彼女のあやまち」というタイトルになったのではないだろうか。映画でいうところのディレクターズカットみたいだ。
「夜通したたいた ピンボール」は、よほどお気に入りだったとみえて、「1984年のオリンピック」に再登場していた。





さて康さんとのコラボのハイライトはやはり「WINTER WONDER LAND」だろう。

1982年に「BABY BLUE」、「SUGAR BOY BLUES」そして1983年に「STARDUST SYMPHONY」と、僕の中ではアダルキッズ3部作が完結した思いがあった。
次のステップに踏み出すそのミーティングをしているとき、康さんがこんなアイデアを切り出されたのだ。

「大瀧さんのロンバケが夏休みのアルバムなら、銀ちゃんは冬休みのアルバムを作るってのはどう?」

まったく思いもつかなかった。この一言でアルバム「WINTER WONDER LAND」が誕生したのだ。

おあつらえ向きに僕の誕生日は12月24日、クリスマス・イヴだ。まさにぴったりの「冬こそわが季節」男じゃないか。
ちょうど3部作で一区切りして、ここまでレコードを買ってくださり応援してくださったファンのかたたちに何かお礼がしたかった。よし、これを僕からの感謝の気持ちををこめたグリーティング・アルバムにしようとそのときに心に決めた。副題の I THANK YOUはそれで付けられている。

康さんがこのアルバムに書いてくれたのは次の3曲。コンセプトの発起人だけあって、アルバムの根幹となる作品ばかり。みんな冬ならではのファンタジーに彩られた短編小説のようだ。どれも今だに伊藤銀次を代表する曲として輝き続けている。


05) あの娘のビッグ・ウェンズデー
06) 雪は空から降ってくる
07) 誰のものでもないBABY


06)のアイデアは、冬休みアルバムを提唱してださったときに、すでに康さんの頭の中にあったアイデアである。バート・バカラックの作品に「雨に濡れても」という曲がある。原題は「Raindrops Keep Fallin' On My Haed」。直訳すると、「雨粒が僕の頭に落ちつづけてる」。
これにヒントを得た康さんが「I Feel The Snowflakes On My Head」というフレーズはどう?と僕に投げかけてきた。大のバカラック好きの僕に何の異存があるものか、さっそくそのオマージュみたいなメロを書いた。それをもう一度投げ返し、康さんが詞を書き上げて完成したのが、「雪は空から降ってくる」だ。





スキーがあまり得意ではない僕がスキーの歌を歌っているのが自分でもおかしい。
サーフィンの経験もないが、「あの娘のビッグウェンズデー」でサーフィンをする女の子のことを歌うのはOKだろう。冬にサーフィンのテーマをもってくるところが康さんの冴えたところ。
この頃マネージャーだった元サーファーの安田君の心にはかなり響いていたようで、これを聞いているときはいつも遠い目になっていた。
僕は僕で「季節が変わっても心に海の青さを失さないで」を歌うとき、いつも涙腺が刺激されている。





05)も06)もオリジナル盤よりも「I Stand Alone」でのヴァージョンのほうが言葉が心にしみてくるように感じる。弾き語りのほうが、冬特有の人恋しさや心もとない気持ちを刺激するのか。オリジナル盤しかお持ちでないかたは、ぜひアコギ盤と聞き比べていただきたい。


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GINJI ITO 「I STAND ALONE Vol.2」

m1 ニュー・ライフ (4:58)
m2 涙の理由を (4:30)
m3 あの娘のビッグ・ウェンズデー (3:52)
m4 誰のものでもないBABY (4:25)
m5 幸せにさよなら (2:24)



続くアルバム「BEAT CITY」から僕がセルフ・プロデュースするようになった。サウンドの方向性も、「はじめてなのに懐かしい」から、アップ・トゥ・デイトな80年代型のロックサウンドにシフトした。康珍化さんがアルバム「BEAT CITY」のために書いてくれたのは次の2曲である。


08) 彼女のミステイク
09) 1984年のオリンピック


アルバム制作前に、YAMAHA DX-7とRolandのTR-909,そしてTEACのレコーダーを購入してデモテープを作りはじめた。それまで曲作りもアレンジも頭の中に描いたものをギターで譜面にしていた。
08)はその機材を使ってワクワクで作った最初の曲だ。

そしてこの「BEAT CITY」が康さんとの最後のアルバムになった。
1984年、高橋真梨子さんの「桃色吐息」でレコード大賞作詞賞を獲得され多忙になられた
ことも大きいが、よりサウンド志向へ変化していった僕の問題のような気もする。
夢のような思いだが、「30年後のWINTER WONDER LAND」を、康さんの詞で作れたらいいなという気持ちが、この特集をしているうちにだんだんと募ってきている今日この頃だ。


番外編である。1982年から2年間HBCで「サタデイナイト・クラッビング」というラジオ番組を小森まなみさんといっしょにやった。1983年に康さんと組んで彼女に「今夜だけあなたのティンカーベル」という曲を書いた。まなみちゃんのイメージから、このタイトルとメロディが僕の中に浮かんできて、康さんに全編の詞を仕上げてもらった。彼女にはその後何曲か書かせてもらったが、やっぱりはじめて書いたこの曲が一番印象に残っている。

「いろんな気持ち」の話しにはおちがある。いただいた頃、うっかり康さんのあとがきを読んでなかったことに今頃気づいた。「本の名前」と名付けられたあとがきには意外なことが ... 。
この詩集を企画されたのが康さんの大学の同級生で、その同級生は大学のとき「春一番コンサート」に出て自作の曲を歌っておられたというのだ。康さんと「春一番」につながりが?

その同級生とはハイファイ・レコードの大江田信さん。大江田さんが学生時代に組んでいたグループとは、2006年に再結成を果たした佐久間順平君との「林亭」のことだ。何とお互いのサイドストリーでも繋がりがあったなんて ... 。

この本をいただいたときにちゃんと読んでおくべきだった。今度お会いすることがあったら、「春一番」など、もうひとつの不思議な糸のつながりについてもお話をうかがいたいものだ。