「CONGRATULATIONS」は詞が先だったか曲が先だったか記憶が定かではなかったが、「雨のステラ」は神田広美さんの詞が先に書かれていたことをはっきりと覚えている。
なぜかというと、その詞のおかげで忘れられない体験をさせてもらったからだ。





アルバム「BABY BLUE」のもうひとりの女性作詞家、神田広美さんを紹介された時、すでに彼女の存在を僕は知っていた。作詞家に転向する前の、歌手としての神田さんをテレビで見たことがあったからだ。
日本TVの「スター誕生」で優勝したというスーパー・アイドルだったと聞いていたので、こちらは構えていたが会ってみると、とても気さくで話しやすい方だった。
ショートカットでボーイッシュなイメージ、どこか男の子っぽくて、話していても異性を感じさせない友達っぽい雰囲気。

当初アルバム「BABY BLUE」は、僕がメロから作る曲と、作詞家のかたが詞から作る曲の、双方向から制作が進められた。木崎さん曰く、詞が先にある曲はいい曲になることが多いという。
そこである日、神田さんから上がってきた「雨のステラ」というタイトルの詞を目の前において、ギターを抱えて、それに合うメロディーを考えていた。

「雨のステラ」はサビ始まりの曲で、そのOh, Stay Stay, Stellaのところに、ためしにデイヴ・クラーク・ファイヴの「Because」みたいなコードを当ててみると、あのメロディーがすぐ出てきた。





問題はAメロだった。その頃の僕は、すぐにどんなコードを使うかに頭が行ってしまい、ギターと格闘するもいっこうに曲が前に進まなかった。たぶんアレンジャーの頭で曲をつくろうとしていたのだと思う。
しばらく様子を見ていたプロデューサーの木崎さんに

「銀次さんはコードにばかり気をとられているね。 試しにギターなしで作ってみたら?」

と、ついにギターをとりあげられてしまった。

ギターなしで、コードなしでどうやって曲をつくればいいというのか? まるで武器をとりあげられて丸腰にされたような心細さ。木崎さんに目で訴えても素知らぬ顔。それどころかカセット・デッキのRECボタンをガチャっと押してしまったではないか。うーん、行くしかない。

ままよ、僕は神田さんの詞の書かれた紙を片手に、思いつくまま、頭から言葉にメロディーをつけて歌い出した。そしてツルーっと最後まで、伴奏なしに歌いきってしまった。まるで一筆書きのように。
無我夢中で歌い終わると、木崎さんがうれしそうに、「いい曲じゃない!できたんじゃない?」
嘘のような話だが、これは本当のことなのだ。なんの邪心もなく、ただ神田さんの詞に合わせて歌ったメロディーがそのまま「雨のステラ」になったのだ。

楽器を使わず曲を作ったことはそれ以前に一度だけあった。「DEADLY DRIVE」リリース後、CM音楽を作っていた頃、打ち合わせ後の帰宅途中、もらったロゴに突然メロディがついてしまった。あれはメロディーハウスというレコード屋さんに向かって竹下通りを歩いているときだった。レコード屋に入ると絶対に何か曲がかかっているから、そのメロディーを忘れてしまう。あわててバッグから手帳を取り出し、五線を書いてそのメロを書き付けたことがあった。ただそのときの曲は15秒ぐらいのものだから、「雨のステラ」のときとは比較にならない。いまだに、楽器なしで1曲を歌い通して作ったことは、これ以降一度もない。

たしかに、詞が先だと道筋がきまっていてメロディーの行き先を迷うひまがない。
「笑っていいとも」のテーマ、「ウキウキWATCHING」も、小泉長一郎さんの詞が先にあったからあっというまにできた。メロディーは抽象的なものだから、迷い出すと行き先は何通りもあるように思えてくる。

そうやってできあがった「雨のステラ」に合うアレンジを、それから考えた。
当時クリフ・リチャードの「恋はこれっきり」(原題:We Don't Talk Anymore)やレオ・セイヤー「More Than I Can Say」をプロデュースしていた、アラン・ターニーのアレンジが好きだった。


we don't talk anymore cliff ricahrd

クリフの奇跡的復活はアラン・ターニーのおかげ。後にAhaのTake On Meをプロデュースしてさらに名を上げた。


同じポップスでも、からっとしたカリフォルニアのポップスではなく、曇り空からほのかに光が刺してくるような、イギリスらしいトーンが、「雨のステラ」に合っているのではないかと思った。
レオ・セイヤーのこの曲のオリジナルがボビー・ヴィーだというのも不思議な符合だった。


more than can say leo sayer



「雨のステラ」は「I Stand Alone」ツアーでも必ず毎回といっていいほど演奏した曲。あのイントロや曲間のフレーズをギター1本で再現できるとわかったときはうれしかった。
どこだったか、そのライヴハウスのカウンターに座っておられた男性客4人が全員この曲のときに泣かれていたということを、ツアーをプロデュースしてくれたモーメントの寺澤くんから後で聞かされたことがある。
歌っている僕がグッとくるところは、間奏後の「窓に銀の雫」から「ため息だけがブルー・リフレイン」までのくだりだ。ここを歌う時、神田さんの詞の世界にぐーっと引っぱられるような気がする。神田さんの最高傑作なのではないかと勝手に思っている。


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GINJI ITO 「I STAND ALONE Vol.1」

m1 風のプール (3:28)
m2 風になれるなら (2:52)
m3 雨のステラ (4:21)
m4 ティナ (4:20)
m5 ビューティフル・ナイト (5:33)


神田広美さんに書いていただいた詞は次の3曲である。

01) 雨のステラ
02) センチメンタルにやってくれ
03) フールズ・パラダイス

どの詞も女性らしいリリシズムに溢れている。03)はなぜかレコ発のとき以来歌ったことがないが、詞を見ながら今聞き直してみると、ボビー・ヴィー度の実に高い曲だ。バディー・ホリーにもFools Paradiseという曲があるが、特に意識したわけではない。
02) の詞曲はいいと思うが、残念ながらうまく歌いきれなかった。叶うものならもう一度リテイクしたいものだ。次の弾き語り候補曲として、ギター1本でアレンジを試みたくなった。


「CONGRATULATIONS」のイントロのコーラスの女性の声は、山下久美子さんですかとよく言われたが、あの声は神田広美さんの声なのだ。
「コングラ」のコーラスは神田さん、木崎さん、銀次の3人によるものなのだが、このコーラス録りの時、実に不思議なことがあった。

1本のマイクを3人が囲むようにしてコーラスを録っていたとき、曲のある箇所で変な声が聞こえて、僕は歌うのを止めた。すると他の二人も止めてしまっている。調整卓の前にいる木崎さんのアシスタントだった一柳君が「どうしたの?なんで止めちゃったの?」とトークバックで聞いてきた。「変な声が聞こえなかった?」「聞こえたよね。」「うん聞こえた聞こえた。」と3人。
とりあえず気のせいだろうということで、またコーラス入れが始まるも、また同じ箇所に来ると変な声がヘッドフォンに。思わず止めてしまう3人。これが何度か続いたのだ。
僕たちは一柳君がトークバックをまちがえて押してなんかしゃべったんだと思った。でもそうじゃない。もう3人とも歌どころじゃなくなって、とりあえず、すべてのチャンネルのその箇所をチェックしてもらうことにした。結局変な音や声らしきものは発見できなかった。そして不思議なことに、その後のコーラス録り再開後はいっさい、変な声が聞こえることがなく、無事にコーラス録りは終わったのだが、あれはいったい何だったのかいまだに謎である。

もう1曲、「STARDUST SYMPHONY」の「風のプール」のDan Dan dulu ...というこのコーラスも、神田さんに歌ってもらったものだ。

神田広美さんはなんと、2009年にアメリカのレーベルと契約を交わし、アメリカで歌手活動を再スタートされたようだ。元気に活動されているようでうれしい。遠く日本から、神田さんの第2の歌手人生の成功を祈っています。