うー寒っつ、おーさぶっつ。ついに本気の冬がやって来たようだ。
ニュースでは、北海道のある街で零下20何度だとか ... 。まったく想像もつかないその寒さに思わず北の空に目をやる。極寒の中、小路幸也さんはきょうも元気に執筆なさっているのだろうか?どうか風邪などひかないようご自愛ください。

昨日は夜7:00から下北沢で黒沢君とリハーサル。いつもより厚着をして出かけた。予想よりも早く着いたので、西口の書店で本をチェックする。確かそろそろかわぐちかいじさんの「僕はビートルズ」3巻が発売のはず。コミックのコーナーで探すも見つからず。後で調べたら1月21日発売、早く読みたくてせっかちな自分の中で発売日を前倒しにしてしまった。
まだ時間があったので、一般書のコーナーでひととおり新刊をチェックしていると、おおっあったぞ、ついに出たか、待っていたんだよ。朝日新聞にずっと連載されていた筒井康隆さんの「漂流 本から本へ」がついに単行本になったのだ。他の本には目もくれずに即レジへ。よかった、早めに着いてたおかげだ。


漂流 本から本へ/筒井康隆

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筒井さんの小説に70年代ハマりまくった。もともとSFとして読みはじめたけれど、それはSFというジャンルにとどまるものではなく、筒井さん独自のメタなる世界だとわかってきた頃には、すっかり「ツツイ病」に感染してしまい、さらなる刺激を求めて次か次から読みあさったものだ。近作になるほど難解になってきていつのまにか遠のいていたが、ひさしぶりに手にしたくなったのは、この「漂流 本から本へ」が筒井さんの読書歴の本だからだ。幼少期ののらくろから始まって、演劇青年時代、デビュー前夜、作家になる、というように自らの歴史と読書歴が平行して綴られる半ば自叙伝なのだ。つまり筒井康隆という作家がどうやって形成されてきたのかがわかるのである。新聞連載中に少し読んだとき、これは筒井さんの小説家としての人生のまとめのようなもので、ひょっとしたら読者への遺言なのではないかとも思えたので、出た暁には絶対に手に入れるぞと覚悟を決めていた。

1970年代に「全日本冷やし中華愛好会」、略して「全冷中」という団体があったことを思い出した。ジャズ・ピアニストの山下洋輔さんが冬に冷やし中華を食べられないことに憤慨し立ち上げた団体。その山下さんが初代会長で、筒井康隆さんは2代目の会長だった。その当時お二人がコラボしたすごいアルバムがある。筒井さんの傑作「家」を山下さんが音楽化したもの。筒井さんのナレーションと山下洋輔流プログレシヴ・ロックが織りなす類を見ない問題作。すごい世界に連れて行かれる。


家(紙ジャケット仕様)/山下洋輔 筒井康隆

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みっちり2時間のリハーサル。僕も練習は嫌いじゃないほうだが、黒沢君の完璧をめざして絶対あきらめない姿勢にはほんとに頭が下がる。投げられても投げられても、「まだまだ、もう1本」と襟を直して師範に果敢に向かっていく若き柔道家のようだ。根っからの飽き症で先攻逃げ切り型の僕は、最初の30分ぐらいで集中力を使い果たしてしまっていたが、黒沢君の「まだまだ、もう1本」につきあっているうちに再びノッてきたのであった。中身のつまったリハのおかげで、またイイ感じのレパートリーが増えた。エレキ12 弦の存在も含めて、これは悪いけどuncle-jamにしかできないカバー曲かも ... 。9日が俄然楽しみになって来た。



「銀流フォークロック伝」予告編。12弦ぽいフレーズだけど、6弦のオクターヴを重ねて疑似12弦効果。まさにフォークロック前夜。どんな流れでサーチャーズが出てくるのかは本番をお楽しみに。


椎名誠さんの文章にまたふれたあたりから、どうも僕の新たな水門が開いたみたいで、妙なことを思いついてしまった。リハが終わって黒沢君とおいしい焼き牡蠣に舌鼓を打っていると、日本のポップスの言葉遣いには「のさ」派とか「んだ」派とかがあるのではという珍論が浮かんだ。

歌詞の語尾に「...しているのさ」とか「....ないのさ」がよく出てくるのが「のさ」派。「....してるんだ」とか「....なんだ」で終わるのが「んだ」派。ちなみに杉真理君も僕もどちらかというと「のさ」派。初期の僕には「のさ」が多い。すると黒沢君が「『だぜ』派っていうのもありますよね?」そうだね、ロッケンロールなアーティストには「.... だぜ」が多いね。ところで黒沢君の曲の詞はどう?と聞くと、うーんどれでもないかもしれませんねー。そういえばそうだ。

「のさ」派も「んだ」派も「だぜ」派も一脈、ディランとキャサリンの言葉遣いに通じるものがある。
海外TVの吹き替え言葉と同じように、海外ポップスの雰囲気を壊さず日本語に翻訳するときに生まれたかたちがそのまま伝承されてきたのだろう。そこがある種ドリーミーだったりして。



そのあたり満載の海外TVドラマ。見るポイントが変ると印象がすっかり変る。


山下さんが「全冷中」を思いついたとき、僕はその場面にいた。そして有楽町・読売ホールでの第1回冷し中華祭り、そして平和島レジャーランドでの第2回冷し中華祭りにも僕はいた。お前はフォレスト・ガンプかと言われそうだが、何を隠そう僕もその「全冷中」の、発足当時からの会員だったのである。
ぶるるっ、こんな冷える夜だというのに、よりによって冷やし中華の話題になってしまった。