結果は残念でしたが、市外多くの御声援御尽力ありがとうございました。
最終日は鈴木邦男さん、雨宮かりんさんが応援にかけつけてくれ、清瀬史に一ページが加えられたのは確か。文化的刺激、動きあまりない土地なので。
ロフト総帥平野さん。経済的にはこの人が、人材的には鈴木さんの弟子故見沢一派が今回の主役。
開口一番。
「今日は東京からきました」。
市外の人なら「お約束」であります。
「ここは今、東京。昔は神奈川、品川県」とこれまた毎度の返しを地元民。
「関係者によると、赤軍派だとか獄中20年なんて言わないで、普通の政策でやってれば千票は普通に入るだろうに。清瀬から革命を、じゃ、入れないでくれって頼んでるようなもの」。
との駅前演説。
「当」を射てます。
選挙だけに。
が。
「まっとうな政策」で通せば票が増えたことはたしかでしょうけれど、果たして「当」まで届いたかどうかは・・・。
毒食らわば皿まで。
どうせなら腹にあること、全部だして悔いなし、という選択もあったでしょう。
某保守党候補は「原発推進、アメリカの奴隷として忠実に」とはいわない。
某政教一致党連は「朝晩お題目唱えましょう、日蓮を信じない者は地獄行き」とも叫ばない。
投票率5割だと、穏当かつ平凡、誰でも並べる「平和、民主主義、無色無風」が通る。
「本来の目的」を訴えてしまっては、とんがっては拒絶、という状況なのでしょう。
「市政で腹を出せば切腹」が掟。
もっとも当地、昭和時代は革新が強かった。
徒手空拳、組織も金もなかった菅直人が中選挙区時代、土地から出た初めての大臣にして既成政党を抑え圧倒的な人気を誇っていた新興住宅地でもありました。
「革命」「激動」「転覆」可能性なし、保守王国という気風でもなかったのですが。
意見はいろいろでしょうし、これで各人、地域おしまい、というわけでもなし。
ご協力ありがとうございました。