ブログの卑怯者 | リベラルブログ・生活保護者の色々な記事

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腎臓病と不安神経症で生活保護者。社会やニュース、その他、様々なこと、思ったこと、感じたこと色々なことをブログ記事にしていきたいと思っています。

 メールで怒って、電話で優しい!?本人のキャラクターとは違う「メール人格」ってないですか?

先日、仕事相手からダメ出しメールをもらった。内容もさることながら、その書き方もかなり怖かった。

しかし、死にたい気分で謝りの電話を入れると、なぜだかその人は、すごく優しい対応をしてくれたの

だった。

メールの中身と書いた人の人格が全然つながらない…。これにはちょっと混乱してしまった。そういえば

友達にも、普段は無口なのにメールの文面だけやけに明るいやつがいるな…。もしかしたら、リアルの人

格とは別の「メール人格」ってものがあるのかも? そんな疑問を、現代人のコミュニケーション問題に

詳しい社会学者の鈴木謙介氏にぶつけてみた。

「相手の表情などを読み、コミュニケーションの取り方がリアルタイムに変化する会話などと違い、メー

ルというのは相手と直接向き合わないコミュニケーションです。さらに、書いたことを一発送信できてし

まうため、負荷が少ない。なので、キャラや感情が露骨に反映されやすい。これが過剰に表れると、リア

ル人格とのギャップが大きい『メール人格』になると思います」

だとすると、怖いメールをくれたあの人は、やはり怖いキャラってことになるの?

「それはどうでしょう。特に、ビジネスメールの場合は用件を的確に伝える必要性があるため、書き方も

クールになりがち。今回の場合は、そういう事情もあったかもしれません。いずれにせよ、相手が見えな

いためにメッセージを深読みしてしまうのはよくあること。そこから生じる誤解や摩擦も多々ありますよ

ね。それを防ぐためにも、書き手と読み手、双方の心配りが必要です」

メールで人格が変わりすぎるのも、逆に文面を深読みしすぎるのも、メールコミュニケーションにおいて

は気をつけるべきことなのかも。難しい問題だけど、もはや無視できないほどメールは日常化しているわ

けで…。僕も、疲れてるときに素っ気ないメールを返したり、絵文字がないだけで愛のないメールだと誤

解するクセ、早く直さないとな…。

(清田隆之/BLOCKBUSTER)



『メール人格』か。。。

ブログの書き込みは顔も見えないし声も聞けないので特にそうじゃないかな。前に他のブログのAさんが

が、自分の記事にきつい書き込みをしていた青年と直接会ったところ、余りにも大人しいその姿に驚いた

と言っていた。そして直接話し合ううちに打ち解けてきたという。

ブログの書き込みは時として人を困らせたり苦しめたりすることがある。特にブログに誹謗中傷を好き勝

手に書く輩(やから)にはホントに手を焼く。人のブログを荒らすものは、得てしてブログを持たないか、

持っても書き込めないようにしている卑怯者がほとんどだ。自分の所には書き込めないようにして、批判

する相手のブログのお気に入り登録をして、その人が記事を更新するたびにやってきて、卑怯にも卑しく

口汚くののしるのである。そういう者の為に、知っている何人かの人がブログを閉じたのを聞いてい

る。それがまた愉快なのであろう、また獲物を探しては、自分のところには批判できないように、書き込

めないようにして批判をするのである。そして最も卑劣で卑怯な人間は(もはや人間とは呼べないが)

その相手のブログでは勝てないために、その勝てない相手がやり取りしている、全く関係のない相手に低

姿勢で、ゲスブに「これからヨロシクね」と、その負けた相手とは関係ないふりをして入り込み、卑しく

もその関係ない、自分が勝てない相手がやり取りしている、その他人のブログの中で、自分を負かした相

手を批判するのである。その相手はくやしくても、全く関係ない他人のブログであり、その人に迷惑をか

けたくない為に、自分を批判しているその卑怯者の批判ができないのである。人の弱みにつけ込む、この

人間とは呼べぬ大卑怯者のやっていることーこれは何を隠そう今の私に起こっている実話である。このよ

うな卑怯な者がこの世の中にいるとは思わなかった。

全く持って人間に失望する事態である。