「心配事」と「悩み」 | 理系女子の難関大受験記&親父のつぶやき

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子ども2人の受験監督を務めた50代親父が綴る受験日記です。
これから受験する方の参考になればとリアルな体験を余すところなく語ります。
今は、趣味の話や日常のつぶやきのほうが多いかも。
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みなさん、日頃何か悩みはありますか?

 

世の中の悩みを想像してみると、だいたい次の5つに集約されるのではないかと思います。

  • 仕事の悩み

  • 家族の悩み(親や子どもに対する悩み)

  • お金の悩み

  • 健康の悩み

  • 人間関係の悩み

まさに「5大悩み」と呼べるかもしれません。

 

私の場合、昨年FIREし、奏も来年大学を卒業予定ということもあり、おかげさまで仕事・子ども・お金の悩みからはほぼ解放されました。

 

しかし、人間とは不思議なものです。大きな悩みが消えると、それまで優先順位が低かった「別の悩み」が急に顔を出して大きくなってくるので、悩みがなくなることはありません。

 

そこで改めて考えてみたのですが、世の中には「悩み」と似て非なる「心配事」というものが存在します。

 

この2つは、明確に区別して捉える必要があると思っています。

「心配事」と「悩み」はどう違うのか?

私の中で、この2つは以下のように定義しています。

  • 心配事: 自分の力ではコントロールできないこと。考えてもどうしようもないこと。

  • 悩み: 自分の決断や行動で「何とかなるかもしれない」と思えること。

だからこそ、人は「今どうすべきか」を悩みます。

 

一方で、心配事に囚われ、深刻に思い詰めすぎてしまうと、他のことが手につかなくなったり、何をやっても楽しくなくなったりしてしまいます。

 

実は私も現役時代、不安で眠れない日々を過ごしたことが何度もありました。

 

今振り返ってみると、当時は「悩み」の沼にはまっていたというより、その大半が「考えても仕方がない心配事」だったのだと気づかされます。

 

コントロールできない「心配事」は、考えれば考えるほど気が滅入るだけです。

 

であれば、極力考えずに「逃げるが勝ち」と割り切ってしまうのが一番です。

具体例で考える:「大学受験」の場合

例えば、「自分の子どもが大学受験で失敗するのではないか…」と不安になっているとしましょう。

 

実は「合格するか失敗するか」という結果そのものは、親にとってコントロール不能な「心配事」です。

 

これを親がどれだけ頭を抱えても、結果が変わるわけではありません。

 

ですから、ここは極力考えないのが吉だと思うのです。

 

 

一方で、こう捉え直してみます。

「親がいくら言っても本人のエンジンがかからない。放っておくべきか、口を出すべきか?」

これこそが、考える価値のある「悩み」です。

 

「子どもの人生なのだから、自らの力で乗り越えさせるべき。口を出さずに見守る」というのも大きな決断ですし、

 

「子どもが将来後悔しないように、ギクシャクしてでも親が口出しする」というのも十分ありうる決断です。

 

そして、じっくり考えた結果、「放っておかずに口出ししよう」と決めたとします。

すると今度は、

「どのようなタイミングで、どのような言葉をかけるか?」や「どの程度管理するか?」

という具体的な「課題」へと昇華されるわけです。

思考を整理して、心を軽くする

かつての私もそうでしたが、多くの人は「心配事」と「悩み」を混同してしまい、ネガティブなループにはまってしまいがちです。

ですが、私たちが頭を抱えていることの多くは、実は「考えてもどうにもならない心配事」だったりします。

  1. 「心配事」と「悩み」を明確に区別する(手放すものを決める)

  2. 「悩み」を整理し、自分が行動できる「課題」へと落とし込む

日々を穏やかに、自分らしく過ごすためには、こうした思考の整理が本当に大切だなと感じる今日この頃です。