「次はどこへ連れて行こうか」と頭を悩ませ、休む間もなく車を走らせていた頃が、なんだか無性に懐かしく思えます。
当時は「今日はサービスだからな!」なんて口では軽口を叩きつつも、どこかで自分自身が一番はしゃいでいたのかもしれません。
テーマパークの長い待ち時間や、ぐずる子どもを抱っこして歩いたヘトヘトの帰り道さえ、今となっては宝物のような思い出です。
ところが、子どもたちが大きくなった最近は、すっかり様子が変わりました。
先日出かけた「大人の家族ディズニー」でも、それを強く実感させられたばかりです。
「たまには家族でどこか出かけるか」と声をかけると、以前のように目を輝かせることもなく、一瞬の「間」があったあとに「……まあ、行ってもいいよ」という返事。
「親が金を出してくれるし、行けばそれなりに楽しいし、何といっても親が喜んでくれるから」
——そんなことを頭の片隅で計算しているのだろうなと想像しつつも、それでも調整して車に乗り込んでくる姿を見ていると、ふとハッとさせられます。
子どもたちにとって今の家族イベントは、純粋に楽しみにいく場というよりも、「たまには親に付き合ってやるか」という子どもたちなりの親孝行なんだな、と。
昔は「連れて行ってあげている」つもりだったのが、いつの間にか「付き合ってもらっている」立場になっていました。
車の後部座席でそれぞれのスマホを眺めている姿や、ふとした会話で見せる大人びた意見に、寂しさが全くないと言えば嘘になります。
最近では親の意見に全面的に賛同することもなくなりましたし、深い話をすること自体が減り、子どもたちなりに話す内容や距離感を取捨選択しているようにも感じます。
ですが同時に、「ああ、ちゃんと自分の世界を作って、親離れをしていっているんだな」という頼もしさも覚えます。
それと同時に、私自身も「子離れ」の時期を迎えているのだと、しみじみ実感させられるのです。
考えてみれば、自分自身もいつの頃からか、親とのイベントは自分の楽しみというよりも「親孝行」になっていました。
進学や就職、結婚といった人生の節目についての話題ですら、親に話したいことだけを伝えていただけで、親からのアドバイスや口出しは、ろくすっぽ聞いていなかったし、長いと話を打ち切っていたと思います。
もちろん、早期退職も事前相談などすることもなく、退職してしばらくしてから伝えただけです。
振り返れば、大学生になった頃には、すでにそんな関係性だったように思います。
自分が通ってきた道を、今度は子どもたちが同じように歩んでいるだけなのだと気づくと、すっと腑に落ちるものがあります。
そんな距離感ではありますが、私自身、自分の親とは今でもほぼ毎週会っていますし、今のところ、子どもたちとも旅行やイベントへ頻繁に出かけています。
世間一般から見れば、十分に良好な関係と言えるように思います。
こうして振り返ると、べったりと依存し合うのではなく、お互いにしっかり親離れ・子離れができていたほうが、かえって健全で心地よい家族関係を築けるのかもしれません。
ただ、こうした子ども達に対する親子関係の距離感が本当に正解だったのかどうかが分かるのは、きっとこの先10年後、20年後になってからのことなのだと思います。
それでも今は——
「家族サービス」の時代は終わり、これからは「子どもたちの優しさに甘える時間」へ。
私自身も子どもたちへの依存や干渉を減らし、しっかりと子離れをしながら、
渋々ながらも一緒についてきてくれる今の関係性を、
少しの甘酸っぱさとともに大切に味わっていきたいと思う今日この頃です。