都内で60年続く小さな小売店。
86歳の母は、父亡き後も一人でこの店を守り続けています。
皆さんの街にもありませんか?
「客が入っているのを見かけないけれど、潰れない店」。
母の店は、まさにそれです。
「どうやって食べているんだろう」と不思議に思われるかもしれませんが、実は昔からの固定客に支えられ、今も元気に営業しています。
ただ、お客様のボリュームゾーンは60〜80代。90代もいらっしゃいます。
毎年、セール案内のハガキを送る(聖子担当)たびに「もう亡くなったので……」という連絡が届くのも現実です。
少しずつ、でも確実に、馴染みの顔ぶれは減っています。
コロナ前、母の体調を気遣い広すぎた店舗を大改装してあげました。
売り場を3割削り、その分、大きな「休憩ルーム」を設置。
母はそこで昼寝をしながら店番をしています。
固定客ばかりなので防犯の心配もなく、「休憩ルームで昼寝をする店主」と「店主を起こして買い物をする客」という、奇跡のような信頼関係が確立されています。
私は退職後、毎週のピックルボール帰りに聖子と一緒に母の店へ寄って生存確認するのがルーチンになっています。
そこで繰り広げられるのは、母の「マシンガントーク」。
近所の噂話から、お客様の家族構成、結婚歴、学歴、勤務先まで……。
最近は、「近所の男性(60代)を巡ってのお客さん同士の愛憎劇」が18番になっています。
あまりの詳しさに、私は「また話を盛っているんだろう」と半分聞き流し、スマホを片手に適当に相槌を打っては、後で聖子に「お母さんの前で私はスマホ触れないんだから。一緒に付き合ってくれないから、話す方向が私に向かってくるので相槌が大変」と叱られるのが常でした。
ところが先日、その認識が180度変わる出来事がありました。
母の日。
カステラを持って店を訪ねると、珍しく客足が絶えません。そして、愛憎劇の主人公が現れました。
私たちは休憩ルームで待機していたのですが、仕切りの向こうから母とお客さんの会話が丸聞こえになってきたのです。
お客さんは私たちが奥にいることに気づいていません。
そこで目の当たりにしたのは、母の驚異的な「情報収集能力」でした。
相手をいい気分にさせ、核心に触れる質問を投げかけ、複雑な人間関係の裏側をスルスルと引き出していく。
あの日、あの場所で、何があって、誰が誰とどう揉めたのか……。
「母の話は、盛りすぎでも妄想でもなかった。すべて真実だったんだ」
あまりにリアルで面白い内容に、私と妻は顔を見合わせ、思わず真剣に聞き入ってしまいました。
86歳にして、この好奇心とバイタリティ。
これだけのネタを仕入れてしまったら、誰かに話したくて仕方ないのも頷けます。
「もう少し、ちゃんと話を聞いてあげようかな」 そう思わされた、母のモンスター級のパワーに圧倒された一日でした。