昨日記事にした科学大の女子枠。
大学入試のみならず、社会全体として女性の社会進出を後押しする施策が溢れかえっています。
先日、将棋界のみならず社会的に注目を集めていた「プロ棋士編入試験」が行われました。
挑んだのは、女流将棋界の絶対女王、
福間(旧姓:里見)香奈女流五冠。
結果は、多くのファンの期待も虚しく、見せ場のないまま3連敗という形での敗退でした。
インタビューで力なく答える彼女の姿からは、プロ棋士(四段以上)との間にある、あまりにも高く分厚い「実力の壁」を痛感せざるを得ませんでした。
■ 「棋力の担保」という本質的な問い
この結果を受け、将棋界では昨年承認された「クイーン白玲獲得によるプロ棋士編入規定」への議論が再燃しています。
これは、女流タイトル「白玲」を5期獲得すれば、試験なしでプロ(フリークラス)編入資格を与えるという決定です。
賛否が割れた棋士総会において、藤井聡太竜王・名人が放った「(編入にあたって)棋力の担保はあるのか?」という懸念。
今回の福間女流五冠の完敗は、まさにその懸念が的中した形となりました。
プロ棋士の世界に求められるのは、多様性ではなく「絶対的な強さ」です。
将棋やアスリートの世界において、実力以外の要素で「下駄を履かせる」という発想は、本来馴染むものではありません。
■ 社会に溢れる「数値目標」への違和感
翻って現代社会を見渡せば、女性の社会進出を後押しする名目のもと、半ば強制的な優遇施策が溢れています。
企業には役員や幹部の女性比率目標が課され、男女別の給与水準の開示が求められる。
大学入試においても、東京科学大(旧東工大)の女子枠導入に象徴されるように、猛烈な「女子率向上」へのプレッシャーがかかっています。
難関大の女子率が低いのは、入試で差別があるからではなく、単に志願者が少ないからです。
しかし、あらゆる数値において「女性が数的に不利」に見える現状では、こうした施策に公然と異を唱えにくい、独特の同調圧力が漂っています。
■ 「下駄を履かせる時代」の終焉
これまで日本は、アファーマティブ・アクションとして女性優遇を推進してきました。
将棋界の新たな編入規定も、その時代の潮流を意識したものであることは否定できないでしょう。
しかし、私は近い将来、この流れに大きな「揺り戻し」が来ると確信しています。
高市総理は、「挑戦する人が評価され、頑張る人が報われる社会をつくりたい」と主張し、就任時の「馬車馬のように働く」宣言は、閣僚や議員に対しても「能力を最大限に発揮して働くこと」を求めるものであり、徹底したハードワークと成果重視の姿勢をとっています。
そのような姿勢をみるにつけ、性別に関わらず能力ある者が責任ある立場に就くべきという「完全なる能力主義(メリトカリシー)」に近い考えであるように感じます。
機会の平等や環境整備、インセンティブの付与は継続されるべきですが、「女性比率〇%」といった形式的な数値合わせのための優遇策は、今後見直しや緩和の方向に動くのではないでしょうか。
福間女流五冠の編入試験が、残酷なまでの実力差を見せつけて終わったのを目の当たりにし、能力を度外視した「下駄を履かせる時代」はそう長くは続かない——。
そんなことを、つらつらと考えてしまいました。

