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東北地方太平洋沖地震と名がついて②つくば市でのボランティア1日目

どうもこうめいです!

ぼく、3月15日現在まだ茨城県つくば市にいます。


はっきり言って逃げるタイミングを失いましたwwww



13日日曜日、14日月曜日は市の災害ボランティアに行ってきたのでそれを記録します。



【3月13日(日)】
午前中は散らかった部屋を片づけていきました。
元々散らかった部屋でしたが、棚の上の調味料は倒れ、
積み重なった授業の資料の山は崩れていました。

朝早くに来ていたメールで市議会議員の五十嵐立青さん
( @igarashitatsuo )が学生ボランティアを募集していたので登録し、お昼に市役所に向かいました。

市役所の学生ボランティア本部にはすでに20人ほどの学生がおり、同じ学群、同じサークルの知り合いも何人かいました。パソコンが数台置かれ、入ってくる情報をtwitterなどで発信しているようでした。いくつか紹介します。

【留学生へ、ニュースが英、中、韓に翻訳されています。】


【筑波大周辺の情報】
http://tsukuba-share.main.jp/

【茨城県の情報(市の数などは随時更新)】
http://saveibaraki.at-ninja.jp/saveibaraki.html


そしてこれとは違いますが他の県の情報や、今できることをまとめてあってすごいいいなと思ったブログ記事があったので紹介します。
(よっさん勝手にすいません(-_-;))

【随時更新中】3.11 今後の行動について。
(笑ってる方が、世界は楽しい!/よっさん@FAMのブログ)


話は戻り、午後3時ころ。
つくば市の牧園地区というところでボランティアの要請がありました。依頼主はどうやらお年を召されている方で、家が断水しているが、給水車があるところまで行って水を持って帰ってくるのが困難な様子。ぼくは他の学生ボランティア2人といっしょに依頼先に向かいました。


依頼主のお宅を訪ねてみると、案の定割と高齢の女性の方が外に出てきました。話を聞くと、どうやらその地区は高齢の方の一人暮らしの方が多く、依頼主のように水の運搬がネックになっているようで、どうも学生が水を運ぶのではなく、給水車が移動してくれないかと期待していたようでした。
「僕たちが水を車で運びますよ。」
と声をかけても
「明日になっても水は必要になってしまう。
私たちは水そのものというより、水を得る手段がほしい。
毎日学生に運んでもらうなんて迷惑かけるからそんなことは頼めない。
」
そう言われました。


確かに給水車が少しの時間移動して近くまでくれば問題はなさそうでした。
でも、「迷惑かけるから」と言われたのにはちょっとショック。

警戒心もあるでしょうが、現に

その方からの「要請」があり、

そこには「ニーズ」があり、

そしてぼくたちには、「やらせてもらいます」という意思決定がありました。



今回のような災害ボランティアは相手本位で動くことが基本だと思いますが、

どうかその関係が成り立っている間はぼくたちにボランティアをやらせてほしい、と思いました。


結局その地区で給水車のところまで行けない方の容器を集めて、他の2人のボランティアさんに6家庭分ほどを車で運搬してもらいました。(感謝!!!)
とても感謝されたのが印象的です。







ちなみに、ぼくは車が給水場所まで行って帰ってくるまでの間、依頼主やそのご近所さんといろいろと話をしました。




親戚が宮城の被災地にいて連絡が取れないこと

毎日TVに流れる悲惨なニュースに心を痛めていること

文明が進歩しすぎたからやっぱり昔の生活に立ち戻れということかな?(笑)

という笑い話など、こんなことを考えているんだなーと思った瞬間でした。





今は、要請がボランティア本部によく来ますが、依然として困っているのに言い出せない方はいらっしゃるのかも・・・?と思わせられる活動でした。



(つづく)