32歳ごろ
メンタルでキツい事があったんですが、ちょうど催眠療法というのを見つけました。催眠によってインナーチャイルド療法、前世療法ともに心の傷を癒すものでした。
女性のカウンセラーの方が少し脚を広げて椅子に座り、膝の間に私が立ちます。私の手を取り、太ももに当てながら擦るように外へ逃します。何歳何歳とぶつぶつ言いながら。それは心当たりのある年齢全てで、力が逃げずに太ももで1度止まるんです。不思議でした。大きな声ではありませんが、YESかNOかで答えられる質問をしている時もありました。聞かれた事に答えていると、笑いながら「まだるっこしくて守護霊に聞いた方が早い」と言って。
マジですか?と思ってました。
絶対安全な場所をイメージした時、高い山の頂上にある阿蘇山のカルデラのような場所にある万年雪を浮かべました。透明なドームに包まれ、絶対に破壊されない聖域。そこから過去へ。
母との関係も大切ですが、スピリチュアルの意義は過去世の方が大きくて、まずは3つ前の過去世、
村に2軒ある傘屋。子供3人に恵まれ、傘の評判も村人からの信頼も厚く、幸せでした。しかし、もう1軒の傘屋の策にハマり、傘の評判はガタ落ちで信頼も無くなりました。生活に困り、食べ物も手に入りません。一番下の子が飢えで亡くなると、もう生きる希望も気力も尽き果てました。一家心中を選んで大きな河に入って行きました。
死後の自分を前に、許してあげて下さいと言われてもできません。声を掛けてあげて下さいと言われても。カウンセラーの先生は泣いています。自分はただ苦しい、辛いばかりで泣いていませんし、許す一言が言えません。
ようやく言えた時、なんとも言えない切なさがありました。
聖域に戻り、現実に戻った後に感じたことは、その家族は先に亡くなった末っ子を除いて今の家族だということでした。リベンジしているんですよね。
そして、許せないまま日々過ごしていました。許せたのは子供達が成人し、下の子でも24歳になってから。ふとこの過去世を思い出していた時です。やり直しの子育てが終わり、責任を果たしたような感じっしょうか。あれば仕方ない、あのまま飢えで苦しんでからよりは。自分のせいじゃない。元から村人を責める気も傘屋を恨む気も何故か無かったので、もうこの過去世に想いはありません。
5つ前の過去世の話。
秦の始皇帝の時。当時の政治の枠組みはわかりませんが、日本の平安時代であれば右大臣左大臣という立場。中華統一の後のこと。自分の役割は統一後の政治の補佐。もう一人の大臣が統一前の武力。大きな地図を広げて万里の長城なのか治水工事なのか、部下と相談している場面もありました。武力の大臣にはおもしろかったらしく、策略をめぐらしたらしく、私は始皇帝の怒りを買い失脚。宮廷の庭の掃除を任ぜられました。それだけならまだしも、警備のお庭番からもひどい仕打ちにあい、隙を突いて彼らの刀を抜いて自害してしまいました。
大臣目線で体験していた状態から、今の自分がそこで見ている視点になってから、大臣を宮廷の外に連れ出します。すると、街の人達が集まってきて、泣きながら家に運び、体を洗い、丁寧に供養してくれました。街づくりや制度、どれだけ力を尽くしたか、わかってくれていたんだなあと。うれしくなりました。そしてこれは守護霊を癒すことにもなるそうです。
後で説明されたのですが、どうやらこの大臣は今守護霊として一緒にいてくれているとのこと。
え?自分じゃないの?
そりゃそう思いますよね。
実は
自分が死ぬと、宇宙の「本来の居場所」に戻ります。そして、感情を含めた全ての体験を共有するので、全ての個体がある意味自分と等しいのです。彼が体験したことを私も体験したのと同じなんです。話を聞くだけじゃなく、自分も身をもって体験することに価値があります。そうすることで魂が成長できるからです。それを説明されたら「知ってる」感じがしました。
さらには
「守護霊がこの本読むように言うから読みますね。」
と。本を開いて読んでいただいたのは、魂の結婚という内容で、共有というか融合というか、もともとが体験を共有しあっているので多少の違いがあるだけですが、その差をさらに共有するような印象を受けました。
「私はさっぱりわからないんだけど、わかりますか?」
「はい。あ、そうそう、知ってる知ってるってるって感じです。」
「そうなんだあ・・記憶があるんですねえ。すごいなあ。」
私には、私の守護霊とやりとりできるあなたの方がすごいって思いながら少し誇らしかったです。この話で、なぜ守護霊が体験した人生を自分の過去世として感じるのか理解できたと思います。腑に落ちたと言うべきでしょうか。