ごきげんな日々
日曜日は
久々に会う友人と3人で奈良の古寺めぐりをすることに。
まずは、わたしのチョイスで浄瑠璃寺というお寺をめざす。
仕事中にネットで発見したのと、見仏記にのってたので、行きたくなったから。
奈良駅からバスにゆられ25分。
(片道570円もかかった!京都のように一日乗車券があればいいのに!)
のどかな田園風景を横目に
京都とはまた違った、
さびれた情緒があるところに着いた。
無人の野菜売り場、すべて百円のもの、がたくさんあり、
みやげ物屋はよくわからないもの、はにわとか亀の陶器の置物とかいろいろが無造作に並べてあり
「代金はビンへ」とある。
コスモスがちょっぴり咲いている小道を行くと
お寺の敷地に入る。猫がにゃーにゃーないている。
友人Rは
「おしゃれー」と連呼し、わたしは「渋い!」と連呼する。
拝観料を払い寺へ入るとそこは別世界。
空気が古く、重い。
タイの寺院に並べられた仏像のように
同じ大きさの仏像がどんどんどんと九体続く。
外から拝むように作られているので、廊下(?)は狭い。
一体一体、目の開き具合や口元、表情が微妙にちがう。
中央の阿弥陀如来中尊像の後光には細かい仏さんがめちゃくちゃいた。
出口近くの
不動明王三尊像は、はじめて見たが
セイタカ童子、コンガラ童子がなんともいえない味をかもしだしている。
なんだかキュートでにくめない感じ。
ほんとこんな
へんてこなものつくっちゃうなんてすごいなあと思う。
へんてこなんていっちゃ語弊があるけれど
もちろんいい意味でである。
うまい表現が見つからないが世界観がすごい。
ポストカードも購入である。
みやげの番をしていたお兄さんは無口で、ちょこんと正坐している。
あの空間で働けるのはうらやましい。
どんなひとでもやさしくなれそうである。
いまになって気付いたが、寺を出たところの軽食屋で
九体寺うどんというネーミングのうどんがあり、
なんだ?と思っていたが
浄瑠璃寺の別名らしい。
九体寺をあとにし、
野仏に出会いながら岩船寺をめざす。
山歩きするなんて思ってみなかったわたしは
雪駄である。
ちょいと寒いが、山道をひたすら歩くにつれ
汗ばむ。
どうやらこの辺は隠れ僧がむかしたくさんいたらしく、
岩に彫られた仏さまがたくさん。
岩船寺はその名のとおり、岩山を登っていったところにあった。
途中で草餅を食らった。
住職さんはお話好き。
解説をしてくれて、わたしの定印についての質問にも
たくさん応えてくれた。
裏に無造作に置かれている小さな仏像たちの
お供え物が缶ビールだったり、
ライトが電気スタンドだったりするのも
なんだか憎めない。奈良の古寺という感じで、また好きだ。
帰りにバスの時刻を見ていたら
店屋のおばーちゃんが
バスの時間を親切に教えてくれる。
でも
ひとりであーだこーだいって
いやそれは違うとおじさん割り込んできて
ぷち討論になって
で、けっきょくあんたらどうしたいの?って
聞いてきた
わたしたちは何もいっていないから
おもしろかった。
行かれるひとは
バスの本数が少ないのでお気をつけて!
やっぱり奈良
は車が便利やと思います!
まぁ、てくてく歩くのもいいけどね。
ちょっとずつ
さいきん
しごとを少しずつがんばろうと思えるようになってきた
なんでやろー
結構はなせるひとが出来てきたからかな
今、会社はいい状況ではないけれど
できるだけ
わらっていようと思う
頑張っている上司の親友がいってた
みんな不安そうな顔してるから
おれが不安がっちゃだめだ
っていってるから
あいつもかなり不安なんだよ
たすけてあげてな
わたしが楽しく働ける環境を作るのが
上司のしごとならば
できるだけわらっていよう
べつに上司のためではなくて
それはじぶんのため
みんなプレッシャーはある
敵いれば味方もいる
なんとかなるさ
たのしくはたらこう。