Tetsu龍 罷り通る -5ページ目

Tetsu龍 罷り通る

風景写真つれづれ
旅の紀行もこもこ

 

Tetsu龍でございます。

諸般の事情により豊臣兄弟の視聴が

一周遅れ、第3話では 桶狭間前夜と云うことでしたが、

この頃の秀吉はまだ歴史資料で確認できず、ましてや秀長にいたっては

資料に登場するのはまだまだ先です。

 

なので、この辺りは脚本によって比較的好きに描けるので、

そう思って見るとこれはこれで楽しい。

 

そも、桶狭間に二人が行っていたかどうかなんんて判らんもん。

そんな、前哨戦で家康が大高城に兵糧を運び込む下りがあったけど、

この頃の家康は今川旗下の弱小だいみょうですもんね。

辛い!

思いがけずお金が入ってきたことある?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

 

お金……

最近、色々あって予定外の出費が多い

( ノД`)シクシク…

 

Tetsu龍でございます。

散々な負け戦で、

武田勝頼は甲斐に逃げ帰るのですが

 

撤退戦もあわやの事態に。

 

まず逃げ込もうとした、田峰城

城主 菅沼定忠にまさかの入城を拒否られ

武節城まで、逃げます。

ここで一泊し甲斐に逃げ帰った勝頼、

信玄の息子のイメージが強すぎて小僧っ子と思いがちですが。

この時、信長42歳、家康34歳、

そして勝頼も30歳なのだな。

立派な成人ですやん。

当時の寿命から考えると、そこまで若くもないぞ!

 

Tetsu龍でございます。

 

無事倶楽部のプレイベントも終わり、

翌日は設楽原歴史資料館へ。

10月やのに、結構暑かった。

さて、設楽原の戦いと言えば

織田徳川連合軍 VS 武田勝頼でゲス。

この戦いで武田の重臣が壮絶な討ち死にをするのですが、

 

織田の三段射ちは、なかったと云うのが最近の説です。

馬防柵を見に行きましたが、

この柵は少し盛り過ぎやろと言う話になりました。

土塁が三段になっていて、復元らしいが

これが三段射ちの真相なのか?

三段射ちではないのだな。

周りに一杯回るところがあって、ここは面白かったです。

 

好きな料理教えて!

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

何よりもうどんが好き!

 

自分で作ったのが一番好き。

昆布と鰹で出汁を取り、

旨味調味料、昆布茶粉末、濃縮出汁等で味を整え、

みりん、料理酒、お酢で味付け。

 

関西風のうどん出汁なので、

酸味効いてるのよ。

市販のうどん汁は甘すぎ、

うどんスープの素はまろ過ぎ、

 

自分好みの味にします。

 

だから、自分で作ったうどんが一番美味しい!!!

今日はあま揚げは市販の買ったけどね。