丸山隆志医師・産経新聞コラム⑫ | 「あとは緩和」といわれたら

「あとは緩和」といわれたら

少量抗がん剤治療(がん休眠療法)で
元気に長生きを目指す ー

当院の非常勤医師の丸山隆志先生(東京女子医大・脳外科)

の産経新聞月イチ連載・コラム(最新電子版)です.

 

 

 

 芸は身を助ける、ということわざがあります。人々が持つ

芸術的な才能や技能が、人々が困難な状況や問題に直面した

とき、克服する手段として役立つという意味です。自らの才能

や能力を信じ、活用することの重要性を示しています。

詩子さんというすてきなお名前の方がいます。彼女はピアノを

弾くことが大好きな女性で、毎日ピアノを弾く生活を続けて

おられました。ところが、ある日半身のまひを生じてしまい、

両手でピアノを弾くことができなくなってしまったのです。

ピアノを弾けない時期が過ぎ、彼女は片手のための練習曲から

再開しました。まひした手の動きが少しずつ戻ってくると、

その動きに合わせてテンポの緩やかなショパンの練習曲に取り

組み始めたそうです。生活のなかでは自分の意志でうまく動か

せない指が、時々勘違いして勝手に動いてくれるようになった

と教えてくれました。

脳にはミラーニューロンという神経細胞があることが1990年代にイタリアから報告されました。他者の行動を観察することで、その行動を自分自身が行っているかのように錯覚して活動する

細胞が発見されたのです。例えば、誰かが飲み物を飲む様子を

見ていると、ミラーニューロンはその行動を自分の脳の中で

シミュレーションし、自分がその行動を行っているかのような

感覚を生み出します。この働きを応用して、半身まひのリハビ

リテーションに鏡を用いたミラーセラピーと呼ばれる方法が

用いられます。鏡に映る健全に動く手足のまねをさせ、脳の

錯覚をとおしてまひしている側の運動能力を刺激する手法です。

ピアノが好きな彼女は、ピアノに向き合い、できることから

取り組んだことで、脳の中の代償する機能を呼び起こしたので

した。なにより彼女の素晴らしいのは、脳腫瘍の治療に取り

組み20年たちますが、自分は脳の病気と一緒にいることを

受け入れている、という言葉でした。

脳の障害を受けたとき、なくしたことの悲しみから抜け出せ

ない方がいます。私が伝えたいのは、なくしていない能力を

喜び、今まで以上に使ってみることです。一芸のない私の場合、「好きこそものの上手なれ」でいくしかありませんが。

 

(脳神経外科医 丸山隆志)