4.少量抗がん剤治療の意義:
前項で紹介した先人の言葉“がんも身内”に添うならば,がん
細胞と正常細胞は生物学的には僅かな違いしかありえないので,がん治療での抗がん剤の選択と投与量は正常細胞を傷めない範囲での微妙なものとなろう.具体的には,患者さんのQOLを損なわないこと目安にしながら,その治療条件下で治療効果があれば
その薬は続けて使用するが,使用効果がなければ無効と判断して別の薬に切り替えることになる.
なお,ここでいう治療効果は,腫瘍マーカー,ヘモグロビン,アルブミン,肝酵素等の血液生化学値と患者さんのQOLが悪化
しない,あるいは改善することを目安とすることになる.
有効な1剤を投与すると,いずれ無効になるが,少量での治療なので,これは薬剤耐性,即ちがん細胞が薬に抵抗性を持ったのではない.もともと混在していた別のがん細胞が増えてきたと
理解される.したがって,ここでは最初の抗がん剤は継続し,
新たな抗がん剤を追加して2剤によって治療する.そして上と
同じ手順で評価し,有効であれば2剤での治療を続ける.
そして,3剤,4剤,多剤へと治療は進む.
5.化療剤の多様性:
現在当院では,20を超える化療剤が使われているが,薬剤
ごとに有効ながんは多様である.その理由は何に由来するので
あろうか?
それは,直接的な細胞傷害性では説明できない.化療剤には
それだけのがん選択性はない.ここではもう一度,体内のがん
細胞生育環境に立ち戻る必要がある.
図中②に示したように,がん細胞はいろいろな宿主細胞に
囲まれている.これらの細胞が複雑に混ざり合ってその環境を
つくっているので,そこには多様な環境が生まれている.
化療剤がこの環境を選別して破壊するとすれば,その多様性に見合った多種類の化合物が必要になる.今手にしている化療剤は,その発見,開発は統計学的には数万個の化合物をスクリー
ニングしてようやく1個得られてきたものである.各種がんごとの生育環境に見合う化合物を拾い上げるのには,そのくらいの
手間はかかるということか?
しかし,その50年の蓄積のおかげで,今やほぼすべての種類のがんに奏効率は低いものの化療剤が用意されている.あとは,
各化療剤に合う患者さんを的確に選ぶこと,そして適量を投与
することが課題となる.
かつて化療剤に“Total cell kill” (がん細胞の全滅)の夢を託して,できるだけ多量の化療剤を投与する努力をした時代があった.この考えは,化学療法の初期にそれが血液がんによく効いたことが根拠になっている.しかし,他の多くのがんではそのようなよい効果が得られなかった.何故か?
上の説明に戻れば,血液がんはがん細胞が集団としての組織をつくらない特殊ながんなので,化療剤は宿主細胞という防御壁に邪魔されずにがん細胞を傷害できる,という利点があった.それが高い治療効果をもたらし,“Total cell kill”の思想に繋がることになった.今でもその名残りで,血液がん以外でも化療剤の量は多くなりがちである.
(文責:片岡達治)