怪僧・風の巻 其の壱
 
満開の桜の森の下を行くコング、サキ、ダン。すぐ傍には穏やかな遠州灘が茫洋と広がる。春爛漫である。
にもかかわらず、彼らは酷く空腹だった。ここしばらくまともな食事にありついていない。
特にコングはもう身長10mに達し大量の食べ物が必要になのに、この温暖な濃尾平野に入ってからというもの、
豊かな実りの森は必ず誰かの所有するものとなっており、食べようとすると住民に追い払われるのだ。
どうも住民たちにしてもこの一帯の支配者に多くの供物を納めなくてはならないので、生活は困窮しており、
かなりの不満が溜まっているようだ。
空腹を抱えたままコングたちがこの桜の森にあっても空を覆い尽くすほど最も華やかに咲き誇るあたりにちょうど差し掛かった時だ。
剣や弓で武装した兵士の一団が林の中から現れ、三人を取り囲んだ。
 
「何の用だ?私たちはこの王コング様を根の国へとお連れする旅の途中だ。邪魔するなら容赦しないよ。」
と、兵士たちを睨み付けるサキ。コング、グアァァァァァと怒る。怖気づく兵士。
後ずさりしながら一人が袂から法螺貝を取り出すと、あちこちに向いて何かを呼ぶように吹き鳴らす。
重低音の音色が地の底に染み込んでいく。
突然風もないのに桜の森が一斉に震え始めた。一面に舞う花吹雪。ゴゴゴゴー、地鳴りだ。
地面がぐらぐら揺れる。桜の木々が次々に傾いていく。足元の地面が盛り上がりだしたのだ。たまらず転げ落ちるコングたち。
見る見る見上げるほどに隆起する大地。その盛り上がった土砂の山を掻き分けて灰色の大巨人が上半身を現した。
コングより一回り、いや二回りは巨大だ。全身に不思議な文様をまとい、人にしては長過ぎる首、爬虫類を想起させる小さな頭部。
突如、地底から出現したこの大怪物は敵か?味方か?次回を待とう!
 
怪僧・風の巻 其の二
 
地の底から現れた大怪物。コング、猛烈にドラミングして怪物を威嚇する。
怪物はしばし悠然とコングたちを見下ろしていたが、徐に口を開いた。
「我ハ建御名方神(タケミナカタノカミ)デアル。我ノ前ニヒザマズケ、シューシュー、シューシュー、何用ガアッテマイッタ?」
鼓膜が痛くなるほどの不快な声と耐え難い高周波が三人に襲い掛かる。
耳を塞いでひざまずかずにはおれないサキとダン。猛り狂うコングをなんとかなだめながらサキが叫ぶ。
「我らは旅の者、この地に用などない」
「我ガ聖ナル地ヨリ不浄ナル獣ハ立チ去ルガヨイ」 
タケミナカタノカミはこう言い残すとゆっくり降下、再び地底へと姿を消した。
 
「なんて声だ。頭が変になりそうだ。ダン、大丈夫?」サキがしゃがみこんだダンを助け起こす。さすがのコングも酷い目にあったと頭を振っている。
後方に退避していた兵士たちは、貴様らなどタケミナカタノカミ様の相手にならんぞ、早々に立ち去るが身のためだ、青銅魔人など一蹴だ、などと口々に罵りながら去っていく。
「ふん、こんな土地、こちらから願い下げだよ。頼まれたって居てやるものか」サキ、目まいでふらふらしながら立ち上がる。
 
そこへ遠巻きに見ていた村人たちの中から青年に支えられた老婆が近づいてきた。
老婆はうやうやしく頭を下げると、あなた様方はサルタヒコ様とアメノウズメ様では?と尋ねる。
サキが私たちはそのような神々ではないと答えると、ひどくがっかりした様子で、そのあまりの落胆ぶりに理由を聞くと、実は昨夜、
この老婆の夢に古えの神が現れて「サルタヒコとアメノウズメがこの地を訪れて民を救うであろう」と告げたというのだ。
そしてここでサキたちを見かけてあなたたちこそお告げの神だと確信したのだという。
ともかく、まちがいだとしてもこれもなんらかの神のお導きに違いない、どうぞ我が家へと招かれる。
空腹の三人にとってはまさに救いの神、この申し出に甘えることになった。
老婆の家で貧しいながらも心のこもった晩食が終わると、囲炉裏火のほの暗い照り返しの中、老婆はタケミナカタノカミについて話始めた。
タケミナカタノカミはこの一帯を支配する恐ろしい神であり、多くの捧げ物を領民に要求し、神殿の倉にはそうして集められた溢れんばかりの穀物や果実などが蓄えられている。
そのため領民の生活は苦しく、少なからぬ不満が民の中に沸々としていた。
「そんな時に青銅魔人を連れて風(フー)が現れたのです。」
風?青銅魔人?確かあの兵士たちも青銅魔人と言っていた。風とは、青銅魔人とは一体何者なのだろう?
 
訂正・先週号でコングの身長10mとしましたが、急にでかくなり過ぎですので身長7mに訂正させて頂きます。
 
今週の怪物ものしり事典 これがタケミナカタノカミだ
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諸星大二郎「暗黒神話」に登場するタケミナカタノカミを造形化したそうです。
素晴らしい出来ですね。
 
 
怪僧・風の巻 其の三
 
老婆の話によるとそれは一月ほど前のこと、穏やかな海の沖からけたたましい銅鑼が鳴り響いたという。
驚いた住民たちが浜辺に集まると、波光きらめく果てから青銅の巨人を乗せた大きな船が青い海をやって来る。
船倉に座した青銅の巨像の前には不思議な装飾を施された金属製の光沢のある神輿が置かれ、その前には黒マントを着た全身黒尽くめの男が立っている。
さらにその男の前に三人が、真ん中に10歳ぐらいの男の子、その右手には14,5の少女、左手には同じく14,5の少年が居並んで、いづれも
金、赤、青、緑の絢爛豪華な異国の着物を着ているが、この三人、巫女か稚児なのだろうか、何よりも目を惹くのはそのこの世のものとも思えない美しさだ。
もはやぞっとさせるといった類。
後方の甲板にはこれまた異国風の風体の3~40人がずらりと随っていて、この連中も同様にどこかしら非人間的な印象を湛えて、近寄りがたい雰囲気がある。
その中に一人、白髭の老人がいて、彼だけが我々の見慣れた馴染み深い表情をしているが、そのせいで彼らの中ではいかにも場違いな存在になっている。
 
やがて浜辺に着いた船から一団がぞろぞろ降りてくるが、黒尽くめの男だけは船上に残り巨像の前の神輿に入って扉を閉じた。
神輿の中でなにやら呪文を唱えているのが聞こえる。
浜に集まった村人らは何事が始まるのかと様子を窺っていたが、突然青銅の巨人がキィーキィーと軋みながら動き始めたのを見て肝をつぶす。
なにしろ10m近い銅像が動き出したのだ。村人はこれは神の奇跡だとか、悪魔の技だとか、口々に喚き、ひれ伏して拝む者やら逃げ惑う者やらで
浜辺は大混乱。
それを尻目に青銅の巨人は男が入った神輿を両手で大事そうに抱えて浅瀬に降り立ち浜辺へと歩む。
浜辺で待ち受ける一団の前で片膝をついてそろりと神輿を降ろす。と、神輿の扉が開き中から風が颯爽と現れた。
そしてネズミのような目で村人を見回しながら高らかに宣言した。
「見たか我が法力を。我こそは高僧・風である。そなたらの救世主たらん」
突然現れた怪僧・風。その恐るべき魔力!一体なにを企んでいるのだろう?
 
今週の怪物ものしり図鑑
いわずとしれた「アルゴ探検隊の冒険」のタロスです
 
 
怪僧・風の巻 其の四
 
痩せた長身の黒マントの男は、蜘蛛を思わせる手の平を胸に当て大仰に頭を下げた。そしてサッと顔を上げ、ニヤリと笑った。
「諸君、神々に生贄を捧げ、神々を畏れながら暮らす日々は、この風が終わらせてしんぜよう。我が偉大なる法力がそれを可能にするのだ。
これからは我らが神々の酒を呑み、我らが神々の果実を食う時代になる。私に従うものには天上の生活を約束しよう。」
風は後を振り向き「これへ」と合図すると白装束の配下の者どもが、戸惑う村人たちの元に酒の入った大瓶や山のように果実を盛った器を
運んで来る。「皆さまへ風様からのささやかな贈り物です。さあ、召し上がれ」
恐る恐る村人が口にすると、これがなんともえもいわれぬ美味しさで、たちまちのうちに我も我もと奪い合いになる。風様こそ救世主であらせられると叫ぶ者も出てくる始末。
「これぞ神々の酒、神々の果実じゃ、そなたらの土地に常世の作物を作付けすれば、お前たちはいつでもこれらを味わうことができるのだ。」
満足気にほくそえむ風。
 
「人間が神々にとって代わるじゃと?、とんでもないこった!」老婆オトは思い返すのさえおぞましいというように何度も頭を振った。
「常世の酒を一度人間が味わったら、もう他のもんは飲めなくなりますのじゃ。まして常世の作物なぞを人の土地に植えれば、
一度実が成るだけで土地の生命が全て吸い取られ、草木一本生えぬ不毛の土地になってしまいます。古えの神々はそうお教えくださった。
この豊穣な地が死んでしまいますのじゃ、恐ろしいこった、恐ろしいこった」オトは両手で顔を覆って突っ伏してしまった。
ワナワナ震えている老婆の背をさすりながら、サキは育ての親の祈祷師が、幼いサキに聞かせてくれた話を想いだしていた。
ある日どこからかやってきて、己の欲望のために全ての生命を根こそぎ奪い取り、死の国へと変えて去っていく悪魔の話。
北の果ての寒村で布団を被って息を潜めて聞いた幼き日の悪夢が、今、目の前に実体を伴った存在となって立ち現れたとでもいうのだろうか?
いつの間にか囲炉裏の火が消えかけている。桜の咲く時期にしては珍しい夜の寒さが音もなく忍び込んできた。
孫の青年アタが急いで薪をくべると炎が勢いを増し、竪穴式住居の内部を明るく照らす。
入り口のすぐ外にはゴロリと横になったコングが見える。もう熟睡しているのか、野太い寝息が聞こえる。
ダンは老婆の話に少し怯えたらしくサキの傍にそっと寄り添う。
ようやく震えが治まったオトは介抱するサキに「もったいない、もったいない」と畏まり、冷静さを取り戻すと再び話を始めた。
 
こうして風は海岸に天幕を張って陣を造り、見る間に信奉者を増やしていったという。
領地内に居座る風に業を煮やしたタケミナカタノカミは兵士に風・殲滅の命を出す。
「即刻我ガ領地ヨリ風ヲ退去セシメヨ、抵抗スレバ一人残ラズ攻メ滅ボシ我ガ偉大サヲ知ラシメヨ」
兵士が風の陣地を取り囲み、一人が前に進み出て勅令を読み始める。
と、天幕の中から風が三人の童子とともに姿を現した。風が勅令を読む兵士をじっと見つめる。その途端、兵士はギャーッと叫びもがき苦しみ頓死する。
兵士たちは一斉に矢を放つが、風を護衛するこの三人の童子、いくら矢を射られても平然としてケラケラ笑っている。
さすがに恐ろしくなった兵士たちは先を争って逃げ出した。敗走する兵士を悠然と風と三人の童子が追って行く。
ついにはタケミナカタの神殿にまで乗り込んでくる。そして風はタケミナカタに挑戦状を叩きつけた。
「我が青銅魔人と勝負せよ、魔人が勝てば私に国体を譲り渡せ」と迫る。ここで挑戦を拒めば風に恐れをなして逃げたも同然、権威が失墜してしまう。
タケミナカタノカミはこの挑戦を受けざるを得なくなったのだ。
「そしていよいよ明日、その大勝負が神殿で行なわれるのでございます。」
タケミナカタノカミVS青銅魔人!如何なる対決となるのだろう?来週は見逃せないぞ。
 
怪僧・風の巻 其の五
 
翌日、サキは気が重いまま、是非ご覧下されば風の邪悪さをお分かり頂けるはず、という老婆オトの強い期待に負けて、コング、ダンと連れ立って
孫アタの案内でタケミナカタと青銅魔人の一大勝負とやらを見物することになった。
オトは、恐ろしゅうてとても見られない、と寝込んでしまった。
家々の屋根の向こうに巨大木造建築物が聳え立っている。タケミナカタノカミの大社造の神殿だ。高さは40mほどだろうか、最上部の本殿へと続く長い大きな階段が付いているのが遠目にもわかる。
これも長さ60m、幅10mはあろうかという信じられない大きさの階段だ。
神殿への道は、大勝負の話を聞きつけて近隣から集まった人、人、人でごった返し、尋常でない混雑ぶり。
彼らはコングを見て驚き恐れるものの、むしろ関心の的はもっぱらこれから開始される大勝負にあって、
高さ5mもある玉垣に囲まれた神殿の大門前では、様々な露店が並び、タケミナカタ饅頭や魔人焼などが売られているし、スサノオ対八大蛇以来の、
いやいや、天地開闢以来の対決だと吹聴している者や「高貴なるタケミナカタノカミ様が青銅魔人を成敗なさるぞ」
「とんでもない!偉大な風さまが強欲なタケミナカタノカミを追い払ってくださるのだ」等と喧々諤々の言い争いが其処此処で展開されていて、騒然としている。
閉ざされた大門の前で兵士たちが「見世物ではない、とっとと帰れ」と群集を追い返そうとしているが、群集も引き下がろうとせず、
「けちけちせずに見せろ」と毒づいて、もはやタケミナカタの権威もすでに失墜した感がある。
コングがさっと兵士を払いのけ、大門を肩でグイッと押すと、内側の閂が折れて一気に門が開いた。群集たちは歓声を上げて神殿になだれ込むが、眼前の光景に息を呑む。
神殿の大階段下の前庭には四方50mほど高さ5mほどの正方形に盛り土が造ってある。そう、とんでもなく大きな土俵だ。
さらに驚くことに、その土俵の向かって左手下には青銅の巨人が片膝ついて鎮座しているのだ。これが青銅魔人か、コングより細身だが、
背丈は頭一つ上回っている。あちこち緑青が葺いている。こんなものが動くなどとはオトの話を聞いた後でもサキには信じられない気持ちだった。
魔人のすぐ傍に神輿を担いだ異様な人々がいる。30人ぐらいいる。これが例の怪僧・風の下僕たちだろう。
淡い単色の式服のようなものを着ている。その前には目にも鮮やかな極彩色に盛装した美しい3人の童子。
誰もが微笑を浮かべているが、目は虚空を彷徨っている。
彼らは、サキに不快な胸騒ぎを覚えさせる。死と苦痛、邪悪と無慈悲、底知れぬ飢えと乾き、それらが混ざり合った香りがする。
彼らの周辺では燦燦と降り注ぐ陽光さえ歪んで蒼く翳ったように見える。サキにはひと目で彼らが闇の呪術に関わった存在であることがわかった。
闇の呪術、「それは人が決して関わってはならないもの」と父代わりの祈祷師が言っていた。死せる魂を弄べば必ずや惨い報いを受ける、
それどころか関わりあった者すべてに禍々しき災いを呼び寄せるという。サキは思わず身震いした。
ところがダンは、三人の童子の一人、ダンと同じ年頃の男の子から目を逸らすことが出来なくなってしまった。
彼らには忌まわしさと同時に人を惹きつけて逃さない恐るべき魔力が宿っているのだ。
コングは動物の直感で何かを感じるのか、興奮というより警戒しながら魔人を凝視している。
風の姿は見当たらない。おそらく神輿に入っているのだろう。
横の拝殿から白装束の神主と法螺貝を持った臣下が出てきた。彼らは梯子を掛け土俵に登る。神主は土俵の真ん中で御幣を振って御祓いをする。
それが終わると臣下が土俵の右端に立ち法螺貝を吹き鳴らす。3回吹くと、大慌てで神主ともども土俵から駆け下りる。
すると、足元の地面が振動し始め、それは徐々に波動を強める。
其の時、だしぬけにキィキィーと軋む音とともに青銅魔人が立ち上がった。一斉に観衆がどよめく。
魔人はゆっくりゆっくり土俵に登り始めた。
観衆のどよめきも治まらないまま、今度は魔人の反対側、土俵の向かって右手下の地面がゴゴゴゴーと盛り上がり、その半ば辺りから猛烈に土砂が噴き上がると。土俵上で待ち構える青銅魔人を直撃した。
魔人、たまらずバランスを崩し土俵から転落する。地底から姿を現したタケミナカタノカミは土俵の上にスルスルと這い登り、仁王立ち、
ひっくり返った青銅魔人を悠然と見下ろし、居丈高に言い放つ。「サア、カカッテクルガヨイゾ、シャッシャッシャッ」
タケミナカタノカミVS青銅魔人、大怪物同士の死闘がついに始まるゾ!果たして勝つのはどっちだ?
 
怪僧・風の巻 其の六
 
青銅魔人はギギギギギと軋む音を発てながら、再度ゆっくり土俵に登って来る。魔人が土俵に上がるや否や、タケミナカタは
魔人に飛び掛り、卍固めでグイグイ締め付ける。
「シャッシャッシャ、シメツブシテクレヨウ、シャッシャッシャ」
しかし何せ相手は青銅製、いくら締め付けても一向に埒が明かない。魔人、絡みつくタケミナカタノカミの胴体をギュウと握り締め
メリメリと引き剥がし、高く掲げると力任せに土俵に叩きつける。ドドーン!地響きとともに土俵にひびが入り盛土が崩れ落ち、土俵が半壊する。
タケミナカタ、どうにか体勢を立て直すと、ゲボゲボゲボと口から大量の白い粘液を魔人に吐きかける。ネバネバの大量の粘液を浴びせかけられた青銅魔人、
完全に粘液に覆われモゴモゴもがいていたが、粘液が急速に硬化していくにつれ、動きが鈍くなりとうとうピクリとも動かなくなった。
タケミナカタノカミ、勝利を確信してシャッシャッシャと大喜び。
ところがこの油断が命取りになった。突然、固まった粘液をバリッと打ち砕き、青銅魔人の氷の如く冷たい拳が稲妻の如くタケミナカタの胴体を貫いた!
ズボボボボーーン!グゥエエエエエエエエ 悲鳴を上げるタケミナカタ。
青銅魔人、今度は苦しむタケミナカタの両腕を両手でがっしり掴むと、バリッバリッと引き千切った。ギャアアアアアアアアアアアアア
両腕をもがれたタケミンカタノカミ、腕の付け根から紫の体液をほとばらし、のた打ち回る。
魔人、もいだ腕を土俵下の観客席にポイッと投げ捨て、十数人が下敷きになった模様。
タケミナカタは地中に逃れようとヘビのように地面の割れ目に頭を突っ込み、ズルズルと潜り込んでいく。
青銅魔人、逃がすまいとタケミナカタの尻尾を掴みグイグイ引っ張るが、タケミナカタも死に物狂いで地中へ逃げ込もうとする。
その瞬間だ、バーーーーーンと尻尾が千切れ、ひっくり返る青銅魔人。魔人が起き上がった時にはもうタケミナカタの姿は地中の彼方へ逃げ去った後だ。
タケミナカタの臣下や兵士たちは惨敗した神の後を追って転がるようにトンネルの中に消えていく。
青銅魔人、未だウネウネ蠢く千切れた尻尾を掲げ、勝利のガッツポーズをする。
アタは「大変なことになった、大変なことになった」と真っ青になって泡を食った様子で「婆様に早く知らせねえと」とすっ飛んでいってしまった。
魔人は丁寧に神輿を抱え上げ、神殿の大階段の半ばまで登ると、振り返り、両手で持った神輿を階段の踏み面近くまで下げ、動きを止める。そこへ神輿を迎えるように3童子がさっと侍る。
やおら神輿の扉が開き、黒マントを翻し風が颯爽と階段に降り立つ。
黒い風、煌びやかな3童子、そしてその両側に下僕たちが、どうだとばかりにずらりと居並んだ。まるで歌舞伎の大見得のようだ。
「タケミナカタノカミは我が偉大なる法力の前に敗れ去った。風と風を信じる諸君たちの勝利だ。この地はこの世で最も祝福された美しく豊かな国になるであろう。」
風の勝利宣言に風派の村人の熱狂は最高潮。その大歓声を背にサキたち3人は神殿を後にする。
タケミナカタノカミは敗北した!恐ろしい風にコングたちはどう立ち向かうのだろう?次回を待とう!
 
怪僧・風の巻 其の七
 
神殿の大門から外に出て、やがて喧騒や興奮から遠ざかると、今先の怪物たちの死闘が白昼夢のように思えてくる。
未だにコングは生き物でないものが生き物のように動くことがどうにも理解できず狐につままれた顔をしている。
ダンは刺激が強過ぎたのかぼんやりした様子だ。帰りの道すがら、サキは自分に強く言い聞かせていた。
何があっても決してこれ以上コングやダンにこの一件に関わらせてはならない、
闇の呪術に関わった者すべてに災いが降り掛かる。それは使い手のみならず、それに対抗する形で関わったとしても逃れ得ないということだ。
ましてサキにとって闇の呪術は全く未知の領域だ。危険すぎる。
元々この件自体、所詮はクニ争い、権力争いに過ぎないではないか。サキたちが拘るべき問題ではない。かようなことに拘っていてはますますコングの国を探すという
本来の目的が遠のいてしまう。
オトたちには申し訳ないが、この地を早々に離れよう。所詮自分たちは通りすがりの者だ。
 
サキがそう心を決めたとき、ダンが聞いてきた。「コングは魔人と戦うの?コングが絶対勝つよね」
「もちろんだよ、戦えばコングが勝つよ。でもコングは魔人とは戦わないよ。私たちはもうここを離れるからね。」
「えっ!?」と言ったままダンは押し黙る。
「所詮、醜い奪い合いさ。そんなものに関わることはないさ。私たちには根の国を探すというもっともっと大事な目的があるのだから。」
とサキはダンをなだめる。しかし、サキはダンの落胆の意味を勘違いしてしまった。ダンはコングが魔人をやっつけない事が残念だったのではない。最後の言葉、「この地を離れる」と
もう二度と風のあの男の子に会うことはないのだと思うと辛かったのだ。
すでにダンは風の魔力に捉えられようとしていた。
 
いつのまにか青空を黒い雲が覆いつつあった。
三人は少し山の方に寄り道し、せめてものお礼返しにと、サキは心の臓が弱っているオトのための薬草を、コングとダンは薪を集める。
すぐに抱え切れないほどの薪を拾い集めたコングはダンと一足先にオトの家に持ち帰る。
小一時間ほどかかって、サキがようやく最後の薬草、蛇の髭を見つけて、一人でオトの家への帰る途中、見下ろす川原を誰かが歩いているのに気付いた。
風の僕の一人だ。クリーム色の経帷子みたいな服を着た女。相変わらず空虚な微笑みを浮かべつつ、カクカクしながら歩いている。
モデル・アニメの動きといえばわかって頂けるだろう。
何故こんなところに?風の念力のよる制御が弱まり彷徨い出たのだろうか?
そいつが急に立ち止まった。前方5.6m先の草むらを見つめている。何か小動物がいるようだ。と、そいつは助走も無しにピョーンと6mを一跳びして草むらに飛び込む。ガサガサと何かしている。
見極めようとサキは生い茂った草が視界を遮らない位置へ忍び足で移動する。
兎をバラバラにして血を啜り肉を喰らっている。いや、必死に啜り、食べようとしているというべきだ。とても飢えているのに、口にほおばっても食べることはできず、呻いている。そんな印象だ。
そのうち唐突に肉片を投げ出すと、口の周りや着物を血だらけにしてカクカクしながら真っ直ぐサキの方に近づいてきた。
サキは身動ぎせず、腰の剣を握りしめじっと待ち受ける。