読んだ本紹介。
村上泰賢・著
著者がお坊さんということで、優しい語り口のとても読みやすい本でした。
以前紹介した江川英龍と同様、日本という国に多大な貢献をしたにも関わらず、歴史に埋もれてしまった幕臣小栗忠順(ただまさ)、通称小栗上野介。
江川も過労死という厳しい死に方をしましたが、小栗はもっともっと悲惨な最期を迎えます。
官軍によって、無実の罪を着せられ、何ら弁解する機会も与えられず、家来共々斬首されました。
小栗は日本の工業近代化に大きく貢献した人物でした。
1860年に幕府の遣米使節の一員としてアメリカを訪問し、その近代化された工業施設に感銘を受け、欧米諸国と並ぶためには、日本にも同様の工業施設を作らなければいけないと感じます。
そして日本に戻ったのち、フランスの助けを借りて横須賀造船所の元となる横須賀製鉄所を建設します。
そこは、蒸気機関を主力として、造船は元より製鉄の技術や大砲の建造、各種部品の制作を総合的に行う工業地帯の先駆でした。
合わせて多くの技術者を育成し、彼らは明治期の日本を支える存在となりました。
明治に入ったのちも、日本の工業中心地として近代化に大きく貢献し、日露戦争に勝利した際に東郷平八郎は、小栗の遺族に対して、「日本が勝利できたのは、小栗が横須賀造船所を作ってくれたおかげだ」と述べています。
また経済にも大変明るい人で、不平等であった金の交換レートの改善のためアメリカと交渉したり、日本で最初の株式会社を立ち上げたりしています(この株式会社は役員の選任や定款を備えた現在と変わらないものです)。
さらには軍制改革にも力を入れ、これもフランスの指導の元、大きな成果をあげています。
小栗は、「家を売りに出すとき、何にもなかったら高く売れない。家主が変わっても価値があるものを作っておこう」と言っていたそうです。
つまり、仮に徳川が政権の座から落ちても、その後の日本の為になるものを出来るときに用意しておかなくてはいけない、という考え方でした。
しかし小栗は官軍に対して徹底抗戦を主張するなど、幕臣としての忠義心も厚い人物でした(それが小栗の悲惨な最期の原因ともなるのですが・・・)。
勝海舟と小栗は仲が良くなかったと言われています。
しかし2人とも、幕府を超えて日本の新しい国家像を描くことができ、しかも最後まで幕臣としての忠義を全うした人物です。
勝は江戸城無血開城をもってその役割を終えましたが、小栗はもし生きていれば明治以降も大いに活躍できた逸材でした。
僕は昔から、維新の志士と呼ばれる人たちを、世間の人ほど好きではありません。
坂本龍馬も高杉晋作も、西郷・大久保に至っては嫌いと言ってもいいくらいです。
逆に幕臣の方に好きな人物が多いのです。
勝・小栗・江川をはじめ、川路聖謨・大久保一翁・永井尚志・山岡鉄舟他たくさんいます。
これは感覚的なもので、うまく理由は説明できません。
でも、最近勉強するにつれ、官軍と呼ばれたいわゆる維新英傑の悪辣ぶりを知ると、何となく理由が分かってきた気がします。
明治期の権力を握った「勝ち組」には、当初から倒幕後のビジョンが明確になく、幕府が行ってきた路線を結局引き継いだにすぎません。
そして、日本の近代化を下から支えたのは、多くの旧幕臣やその流れをくんだ人々です。
何度も繰り返している「勝者の歴史」によって、多くの幕臣達が歴史に葬られ、また悪評を捏造されました。
小栗はその最たる例でしょう。
驚くべきことに、戦前まで小栗を研究することは、反政府者の誹りを受ける可能性があったと言います。
薩長史観の弊害は、ついこの間まで生きていたのです。
いや、もしかしたら、まだ生きているのかもしれない・・・。
しかし、最近の「○○史観」にとらわれない研究が大きく進んでいます。
小栗をはじめ、歴史に消えてしまった多くの幕臣の真実の姿が浮かび上がることを期待しています。
余談ですが、遣米使節のアメリカ滞在中の出来事には、たくさんの面白い話があります。
また、幕府の軍制改革の指導のため来日したフランスの士官ブリュネ達の男気についても同様です。
これらについては、別の機会にお話しできたらいいなと思っています。