読書感想になります。

 

「DCD発達性協調運動障害 不器用すぎる子どもを支えるヒント 知られざる発達障害」

 

ん?・・・これを読むと・・・もしや、上の子・・・ややDCDの気があるか?

 

薬を飲むのが苦手なんですよ、中学生にも関わらず。

思い返すと、乳児の頃は、ゲッブで戻しまくり。私の肩や背中はびちょびちょ。

 

乳幼児期から、兆候があるのね。

寝返りが遅いとか。ハイハイや一人歩き然り。

 

薬を飲むのが下手なのもDCDの傾向があるのか???

 

とにかく体を動かすこと全般に遅れがあるのがDCD

体を動かすと一括りに言っても様々。

 

文字を書くのが苦手な場合、書字障害(LD学習障害の一種)と思われがちですが、実は発達性協調運動障害が隠れてる可能性も?

そういう意味では、お絵描きや色塗りも然りだそうで・・・

 

確かに、絵を描くことに関しても、大人になっても幼児レベルの絵しか描けない人もいれば、上は芸術家や漫画家など・・・

これも一種のスペクトラムなのかなあ?

最下層レベルの人たちは障害レベルかもしれないってこと?

 

それはさておき、著者が問題にしてるのがスポーツ。

DCDといえば、スポーツや体育ですね。運動音痴のために、いじめ被害を受けたり、根性論を引っ張り出されて親や教師から叱責されたり。

障害レベルの子に、健常児や選手レベルの子達と同列のものを要求するのは、酷です。そして、今は診断を貰えれば、支援を受ける権利があります。しかし、DCDは、他の発達障害と違って、法律では支援対象となっていても、未だ手探り状態。

だからといって、診断が出ていて配慮をお願いしてる子に根性論で却下するのは・・・アレルギーは偏食!という扱いで無理やり給食でアレルゲンを食べさせるのと同じですね。

そして今まで支援や配慮が無かったために、大人になってもスポーツ嫌いになっている人が多いこと。それに対する警鐘もあります。スポーツの楽しみを奪うだけでなく、健康を害するのではないか? 運動不足に繋がりますね? それこそ生活習慣病を怠惰で自業自得と一括して良いのか? 子ども時代のスポーツトラウマからだとしたら、放置して良い問題ではないです。

 

著者は、実技科目にも支援級や習熟度別クラスを提唱しています。

まずは体育ですけど、体育に限らず、音楽や図工、家庭科もですね。

 

 

 

 

ただ・・・アメブロで起きたことから私が思ったこと。それとXでも車椅子ユーザーの炎上がありましたが・・・

弱者であるから、お膳立ては当然!という意識が出てきてしまうと厄介だよなと。

それと、勘違いも発生しないか? お膳立てで、一番になっても、それはあくまでお膳立てのおかげ。選手とかハイレベルの人の横にいると錯覚する危険はないか?とか。

その辺、勘違いしないよう、それでいて、楽しめるよう支援する必要があるなと。

 

差別ではなく区別。

平等ではなく公平。

なかなか難しいですね。