振り向けば、
何かを得るため、
物事に取り組むようになっていた。
気が付けば、
描いた理想に辿り着くため、
目の前の問題を解決するためにと
頑張るようになっていた。
いつからだろう。
純粋に物事を楽しめなくなったのは。
いつ、どこに、
純粋に物事を楽しむ心を置いて来てしまったのだろうか。
今のわたしにとって、
一体何が、
何の為でもなく、
純粋に楽しめることなのだろうか。
思いつくのは、
美味しい料理を食べることくらいか。
いつからか、
自分が楽しめることも、
誰かをも喜ばせることに発展させて、
役立つ形に加工しなければならないみたいな、
静かな強迫観念の様なものに囚われるようになっていた。
これは楽しいが、
自分だけが楽しいではダメだ、足りない、と。
他に自分も他人も喜び合えるようなモノはないだろうか、
と、ずっと探してきた。
相手に豊かさを与えられる人間にならなければならないと
探し続けてきた。
けれど、私にとってそのようなものは見つからなかった。
しかし、それでよかったのだとも感じている。
きっと、見つかったとしても、
この道は苦しいからだ。
これまでの過程も、
純粋に楽しめていなかったのだと思う。
人生という旅そのものを、純粋に楽しめていなかった。
人生という旅が、いつの間にか、
何か課題を達成するための試練になっていた。
何か問題を解決するための手段になっていた。
いつの間にか、
自分や現実を変えるための奴隷になっていた。
今更氣付いた。
そうじゃないな、と。
このままだと、マズいなと。
このブログも、
自分が勝手に描きつくり上げた、
目の前にぶら下げた人参を追い求める行動のひとつ。
これを機に誰かと繋がり、
現実や自分の人生を
より豊かなものにしよう、変えようと、
投稿してきた。
ブログの投稿を純粋に楽しめていないことも
徐々に分かって来た。
目の前にぶら下げた人参によだれを垂らして
ワクワクもどきの感覚に酔っていただけだった様だ。
その人参がなくなったら、
もうこのような発信はしなくなるだろう。
息抜きのゲームでさえそうだ。
何かを達成する、何かを得る、解決する。
そのための奴隷のようになっていて、
その過程を楽しめていない状態ばかりを
体験してきた様に思う。
けれど、欲しいから心を無にして取り組んできた。
だけど、その弊害か、
何の為でもなく、ただ純粋に物事を楽しむということが、
人生の中から消えてしまっていた。
思い返せば、いつからだろうか。
この様な習慣が身に付いてしまったのは。
何に対してもこの姿勢で取り組むようになっていた。
純粋に物事を楽しむ心。
今からでも取り戻せるのかな?
取り戻すというより、
これから、ここから、
「何かの為に取り組む姿勢」を卒業した後に、
新しく芽吹きだすのかな。
そもそも、
こうしたブログを書き始めた原点はなんだっただろうか。
やっぱり、自分自身がもっと豊かに生きたかった、
というのと、
貧しく苦しく辛そうにしてる人を見るのが嫌だったことと、
その原因の一部を自分が担っていることが
とても気に食わなかったことだろう。
自分も他人も、家族も動物も、
世界中の人も地球そのものも、
皆を豊かにしたかった。
豊かな世界にしたかった。
目が痛い現実をなくしたかった。
これ以上蔑ろにはしたくなかった。
無知故にやってきた自傷行為や自滅行為、
他の存在を蔑ろにする行為への加担を終わりにし、
償いというほど大袈裟なモノではないが、
大切にしたいと思った。
かつてそこに居た子供達・大人達だけでなく、
未来の家族達にも、
わたしが体験したような、
辛さや苦しみを体験させたくなかった。
足枷を外したかった。
全てを無償にして、
常に対価を支払わないと何もできない、何も得られない世界、
「仕事=対価を得る機会」に
互いを縛りつけ合う無慈悲で残酷な心苦しい世界を
終わらせたかった。
そんな自分勝手なエゴから始まった。
その痛烈な想いがあって、
描かれた理想を目の前にぶら下げ、
ただがむしゃらに走って来た。
そして、気が付くと、
純粋に楽しむという心が置き去りになっていた。
描く理想の無償循環の社会は、
純粋に物事を楽しむ者達が喜びや豊かさを循環させている世界なのに。
誰の何の役に立たなくてもいい世界なのに。
わたし自身が迷子になっている。
また、ゼロからだ。
頭が指し示す方向ではなく、
心が指す方向に、
何かを解決するためではなく、
何が得られなくても、
それを体験していること自体に心踊るもの。
湧いてくるかな。
もしかしたら、
もうこのブログは閉じてしまうかもしれない。
純粋に楽しんでいたものではなかったと気づいてしまったから。
楽しいかどうかと聞かれたらずっと怪しかった。
ただ、書けた時の達成感・満足感?
想いを吐き出せた時の解放感、
の様なものだけがエンジンになっていた。
書くことそのものは、
そこまで楽しめていないみたいだ。
なんだか、色々と心にこびり付いたものを掃除して、
何の為でもなく純粋に没頭できるような心で在りたい。
あまりにも長い間、
何かの為、何かの為にと
突っ走って来た。
気付けば、迷子になってしまってた。
もう疲れ切って悲鳴を上げてるのも感じてる。
そろそろ、還ることにするよ。
最後まで読んでくれてありがとう。
今まで本当にありがとう。