【動画シェア】
【あとがき】
まずは、この動画を投稿していただいたことに感謝いたします。
人が見返りを求める精神の出所として、
見落としていた氣付きがありました。
この動画はひすいこたろうさんの動画を拝見させて頂いた後に、
おすすめとして表示された動画でしたが、
なんとなく再生してみてよかったです。
さて、今回この動画で注目したところをざっくり書き並べます。
[引用開始]
””
苦労して手に入れたものは自分のモノだけにしたくなるが、
楽して手に入れるとそうならない
なので、苦労しない様に氣をつけてる
苦労せずに相手が喜べることをどんどんしまくることが結構大事
苦労して相手のことをやると見返りを求める
苦労しないで出来ることをポンポンあげてると
なんかうまくいくんじゃない?
いい教えを独り占めにした瞬間消える
こんなラッキーなの俺一人の為じゃないですよねというのが分かる
””
[引用終わり]
これを聞いて、確かにその通りだなと肯きました。
苦労すればするほど、そこで得たものを簡単には手放したくない
という気持ちも理解できます。
それに、苦労なんてしなくて済むならしたくないと思ってしまいますよね笑
ですが、意外と自分にとって簡単に出来ることほど、
人って過小評価してしまうこともあるみたいです。
自分なんかに出来るのだから誰にでもできるという、
自己無価値観から来ているものもありそうです。
しかし、人生豊かに生きている人ほど、
お金の為ではなく、
自分にとってやりたいこと、好きなこと、楽しいと感じられること、
それをやるとますます心豊かに元気になってしまうこと、
そういうことに絞り特化して生きてますよね。
その結果として、お金だけでなく、豊かさもついてくると。
貧しい人を見ていると、第一にお金。
やりたいかどうかよりも報酬や自分の収入が多いかどうか。
自分が何を得られるかどうか、何を持っているかどうか、
そんな己の損得や所有物ばかりに意識を向けてるんですね。
それを豊かさの指標にしている傾向が見受けられますね。
そして、豊かな人ほど、
豊かさの指標が、
お金をどれだけ持っているかどうかとか、
自分が何を得られるかどうかでは全くないんですね。
天から授かったこの體と能力を使って、
どんな豊かさや喜びを自他と共有できるか、
他の存在に与えられるかにだけ
意識を向けているようです。
それと同時に、自分自身の心も體も大切にしている。
それは、心が指す方向性=志、を大切にしてるとも言えます。
ただ何でも与えているわけではありませんね。
しっかりと自分の感覚や意志に沿って、
自分自身の喜びから、
無理なくできる範囲で与えている。
まるで、自己犠牲や苦労が、
与える心を萎えさせ、
心を貧しくすることも分かってるみたいですね。
全てのモノやサービスが無料の社会においても、
人々は基本的に苦労して働いていません。
今やりたいこと、好きなこと、得意なこと、
楽に無理なく与えられることを、
自分のペースで、
与えたい時に与えている、
あるいは与えているという感覚さえなく、
喜びを共有しているだけ。
そういう仕事の在り方ですね。
己の志に沿った事をしているだけ。
まさに志事ですね。
だからこそ、情報もモノも氣軽にシェアできる。
苦労が美徳とされる世界とはまるで逆です。
でもだからこそ、無償ですべてが巡るのだと思います。
資本主義、社会主義、共産主義、
これまで色々な社会をこの地球は体験してきましたが、
どれも仕事・働くことに対して重たさを感じる主義ばかりでした。
やりたくないことをやらされたり、
他人に無理やりやらせたり、
やりたいことであってもお金の為に自分のペースから外れて、
努力して苦労して頑張って作っていた。
だからこそ、互いに見返りを求め合う生き方を
やめられなかったのかもしれません。
それで、すべてのモノやサービスに値札が貼られ、
お金・対価の支払いが無ければ、
生活に必要なモノさえ手に入れられなくなった。
生きることさえ困難となった。
仕事を失うことが死活問題となり、
今の仕事もなかなか手放せない。
でもそれが余計な生産や消費となり、
自然環境をも蝕み、
食糧不足に自分たちで追い込んでいる。
働かざる者食うべからずという冷たい諺まで生まれてしまった。
だけど、もう今では、
その在り方を続けてきたことで皆が食っていけなくなってきている。
諺も時代が進めば真実ではなかったことが
明らかになるものが本当に沢山あるなと感じさせられます。
今でさえ、世の中が便利になり、
自分の仕事が不要になると、それでは生きていけなくなる
というジレンマに苛まれている。
個人的な感覚ですが、
貨幣社会での仕事のイメージはとても重苦しいものです。
ちなみに、貨幣は誰かの借金によって市場に供給され、
常に我々は、モノやサービスを購入する際、
同時に誰かの借金の返済をも担い合っています。
借りられた分のお金だけしか市場には供給されず、
返済に必要な利子の分のお金はこの世に存在しないため、
誰もが絶対に返済することなどできない借金の間接的債務者として、
生きています。
利子が返せないということは、
借金を返済するためには、
新たに借金をしなければならない。
そういうカラクリがあるために、
世界各国の借金は毎年膨らんでいるのです。
つまり、借金をしていない人であっても、
この市場全体の返済できない借金が膨らむことによって生じる、
不況下時の物価上昇(スタグフレーション)に巻き込まれているのです。
誰もが借金の返済に苦労し、
そこに重税も加わり、
仕事をするにも苦労がつきものなので、
この社会では多くの人に余裕がなく、
そのため、誰もが無償で与えたいとはなり難いですし、
実際に無償循環社会への移行が困難だと感じる原因の一つなのです。
ただ、こんな状況下だからこそ、
豊かさの古い指標そのものを見直し、
苦労しない生き方、
本当の豊かな生き方に舵を切り替えることが
大切なことだと感じています。
どの道、長続きしませんからね。
そうすれば、お金の価値が暴落して、
使い物にならなくなった時に、
1929年の世界恐慌の時の二の舞にならなくて済むでしょう。
また似たような歴史を繰り返すのか、
新たな歴史へと塗り替えられるのかは、
今を生きる和多志達次第なのです。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。