無自覚に無茶だった子供時代w | GID memory

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FTMTSのGID関連ブログです。戸籍訂正が済んで、当時の気持ちを確実に忘れてしまいそうなのでここに記録しておこうと思います。
タイ滞在記ほか

8月ももう終わり打ち上げ花火

みなさん、夏は満喫しましたか?にひひ


それにしても今年の夏は異常な暑さでしたね。。

40度とかw ここはインド!?と思いましたガーン汗


そんなじりじりとした太陽晴れを見ていたら、ふと、無茶な子供時代のことを思い出したので今日は思い出し思い出し書いてみます。(自己満足なのであせるお暇な方だけお付き合いください~)

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私は両親とも生粋の日本人なのですが、どちらも非常に色が白く、それを見事に受け継いだ私は子供の頃から「肌が綺麗」と言われなかったためしがありませんでしたしょぼん

女子や大人たちは、最上の褒め言葉のつもりなのでしょうが

私にとっては辱め以外の何物でもありません。

(男子は同年代の女子を褒めたりしませんからねwそれが救いといえば救いだったのかな。苦笑)


言われるたびに「女の子」を強調されているようで不快な気分になる自分w


白くて透き通った肌が気持ち悪くて


毎日外に飛び出し自転車

朝から夕暮れまで男友達と太陽の下遊ぶ晴れ晴れ


じりじりと焼いては、真っ赤になりガックリ

真っ赤がすぎて、夜に体中が発熱し眠れなかったこともしばしばガーン


肌が白いだけでなく、水分も蒸発しやすい(つまり瑞々しいorz)ので、洗顔後そのままにしておくと顔や口の端が切れ、痛む。。

それも放っておいたら血が出るので母親に相談し、しぶしぶ子供の頃から化粧水はつけていました。女みたいで(いや、女なんだけどwややこしorz)誰にも言えなかったなぁ(-。-;)



浅黒い肌にあこがれ


がんばって太陽にさらしても赤くなるだけ


外を歩いていても、日蔭ではなく、必ず日向を歩くので不思議がられ

そうやってもなかなか沈着してくれない色素ガックリ


涙ぐましい努力も、女の子に話すと「もったいない!」「やめなさい!」と非難ごうごうww そんな話が浅黒い肌がコンプレックスの女子の耳に入った日には・・本気で怒られるorz



そんなことが数年つづいたある日、釣り船で寝こけていたら。。。。


死ぬ目に遭いましたガックリ。。。


親父の船で海釣りをしていたのですが、ちょうど昼の潮どまりにはまってしまってピクリとも当たりがなくなったんですよね。で、ちょうどお腹もすいてきたし、お昼にしようかと。


クーラーボックスから母親がつくってくれたおにぎりおにぎりとおかずを取り出し、

青空の下、爽やかな潮風を感じながら最高の昼飯キラキラ

釣りは子供の頃から大好きだったので、そうしている間も釣竿はたらしたままでしたが。笑 

でもやっぱりピクリとも当たりがこないので、あまりに気持ち良かったこともあって珍しくそのまま眠ってしまったんです。


1時間くらいかな。そう、たったの1時間。。潮が動きだしたのでまた夢中で釣り始めたんですが、、時間が経過するにつれ、なんだかいつも以上に、異常に顔が痛い?

気付いたときには手遅れでw 夜家に帰り着いた頃には顔全体ががさがさになって腫れ、口の端は切れてきてました。
急いで風呂に入って塩を落としにかかったのですが・・・時すでに遅しガーン


顔全体の皮が全剥けするという叫び


それも、その日だけでなく、毎日。。。


風呂に入ると薄く組成した新皮がふやけ、風呂からあがってしばらくすると水分が蒸発してふやけたものがまたこびりつくんです。。表情を動かすと、口の端以外も亀裂が入ったりの大やけど(今思い出しても痛いガーン

学校が夏休みだったのが救いでしたが。。仕方ないので、毎日顔の薄皮をつるっつるに剥いて、薬やローションで保護かおたしかそれが10日間もつづきましたw


それ以来。

さすがに日差しが強い日は日焼け止めを塗るように。

(日焼け止めではなくとも、肌細胞を均一にするためローションもどきを塗っておけばいいや、という雑な感覚ではありましたが^^;)




。。。


無茶つながりで思い出しましたが、

そういえば、よく探検と称して野山をかけめぐっていました。かけめぐるだけならまだしも、普段は枯れ川をいいことにごつごつした岩場の崖を何十メートルもよじ登ったり(落ちたら即死wガーン


子供はよく言うのかもしれませんが、学校で何かの拍子に友達と賭けをしたとき

「もし負けたらここから飛び降りてもいいグッド!」とかw

そんなこと言われたら、言われた方が困ると思うのですが。笑


帽子やノートなど校舎の窓から落ちて、でも地面まで落ちず、途中でひっかかった場合、なぜかよく拾いに行ってあげてましたね。

たしか(何かの拍子に落っこちたらそれはそれで仕方ないよね)と思っていたような。。

無事に教室に戻るたびに、ああ、神様はまだ生きろと言ってるのか(-。-;)と残念に思った記憶がありますw


・・・・・・ん?なんだか話が変な方向にいってますねあせる

GIDに限らず、子供の頃って「あちら側」と「こちら側」の境界があいまいだよね、ということで。


(話をかえようあせる





GIDらしいといえばひらめき電球


小学校の頃、なかなか声変わりしないのが嫌で、わざわざ遠回りして、ときどき長いトンネルを大声で歌いながら歩いて帰っていました。←排煙設備が整っていない、古い、長いトンネルなので、一度これをやると数日ガラガラ声になるという。笑


手を大きく、ごつくしたくて、

ひたすらバレーボールのアタックを壁にくりかえしたこともあったなぁ(・・。)ゞ←間違いなく手がはれあがりますw


拳を鍛える?ために、毎日のように体育館などのコンクリートの壁に打ち付けたり。。←・・・拳を鍛えるというか精神的に限界だったんでしょうけどガックリ

二十代半ばくらいまで右と左の拳の形が違いましたw



なんかもー・・・

自分は男としか思っていないのに、そのままの感覚で行動すると食い違いまくる日々は、ただひたすらストレス×∞でしたね。体やら声やらキモチワルイし。。ここだけの話で告白しますけど、子供なのに円形脱毛症でしたもんw 無自覚でしたが、友人いわくいつも眉間にしわが寄っていたらしいですw


こうやって書いていると、、、こいつ可哀そうしょぼん。。。

(他人事のように。苦笑)


子供だから本気で苦しむわけですが汗


もうネタの域ですね


まあ、克服したからこそこんなこと書けるんでしょう(それは間違いない)。


ちょっと前だったら、こんな風に笑えなかったと思います(^o^;)










と。長くなりました。

そして、全体的にふざけて書いてしまった気がしますが、照れ隠しですあせる


本当に


生き延びてくれてよかった。


あの頃の自分に恥じないよう残りの人生をエンジョイしようと思います(。-人-。)