えー、今回は、前回からの続きとして、原案本(以降”火の山”と致します)との対比、第16週冒頭、第23週冒頭について、からでしたか。


”火の山”での昭和十六年十二月八日(日本時間)。事実を淡々と述べているのは前回記した所です。


さてそれでは、きらりの第16週冒頭。冒頭恒例の、先週分のおさらいシーンから始まります。マサさんのナレーションと共に、『これが、二人の別れでした。そしてこの一年半の後、日本は太平洋戦争に突入していったのです…』


『昭和十六年十二月八日…』日本海軍機の編隊、その三人乗りの細身の機体に大きな翼そして細いカウリングの二重星型エンジンは九七式三号艦上攻撃機じゃないか!というかこの記録映像、ニュースや映画で真珠湾や太平洋戦争の話になると決まって出される映像だから、もういい加減見飽き、


…突っ走りすぎたので戻ります(ヒコーキになると目の色が変わるのは仕様ですすみませんね)『…太平洋戦争が始まりました。始まって暫くの間は、華々しい戦果ばかり伝えられる毎日でした。そんな中、食糧難や、様々な思想的、道徳的な統制が強められ、人々の生活を圧迫していったのです。』


真面目な記録映像と共に淡々と場面は一転、『この物語が再び幕を開けるのは、開戦から一年三か月経った、昭和十八年三月』、は?『…桜子は、味噌だけではなく醤油も作りながら、細々と経営を続けている山長ののれんを、かねとともに、守り続けていました。』…桜さん朝の清々しい背伸びに、山長の面々。途絶えがちな原料配給の中、桜さんの機転が山長の危機を救う。


あはは。桜子が完全に持ってってます。一時は山長全員を敵に回した桜子が、この約二年半の歳月で、ガチに全員を見方に付けた事を、この場面で表しているのでした。信頼関係にはある程度時間が必要だしね。で、その歳月をこの冒頭で象徴しつつ、あの日本の命運を決めた日を含めた前後二年半を、公然とすっ飛ばす。
 

さて、それでは、昭和20年8月15日の方に参ります。
 

”火の山”の8月15日:
そっけなさすぎ。というか、そこから勇太郎さあ大変で(詳細略。これから読もうという方是非どうぞ、という事でネタバレなしで)。
 

きらりの8月15日:
23週、あれれ?!冒頭からいきなりマサさんのナレーション『昭和20年8月15日、日本は、終戦を迎えました。”戦後”と呼ばれる時代がやってきたのです。』

 

記録映像と共に淡々と『物語は、昭和21年2月の岡崎で再び幕を開けます。』はあ?

マサさんと桜さん、白い靄の中、”埴生の宿”ピアノ連弾、って!?うあ白装束!いや正確にはマサさんのは源一郎とのかけおちの疑似結婚式で、桜さんのも結婚式余興の時のだけど、とりあえず足はついてる。二人去りつつも桜子振り向き『ありがとう。ありがとね。』うあああああ!


完全に白装束の2人が持っていきました。


この物語は、もろもろの、そこにあった現実の中で、個々の市井の人々、それらが交わるお話。そしてその対比が描かれる、このコントラストこそが、”火の山”のある種の持ち味であり、きらりではそれが形は違えど、その世界が見事に分解再構成されているのでは、と思います。
だから、一例として、空襲も、終戦も、キャサリン台風(台風はきらりでは出場無しだけど)も、そこにあった現実。そういった意味じゃ、大東亜戦も、個としての市井の人々にとっては、やっぱり”自然災害”という例えがしっくり来るのかも。別にきらりの中の誰が恣意的に戦争始めたって訳じゃなし(■注1)。


ところで、ふと気が付いたら何気にびっくり。というのも、この第23週だけが、週冒頭では恒例の”先週のおさらい”シーンまでもあっさりとすっ飛ばしていました。


何故か。そりゃあやはり、22週でのあの展開を、23週と切り離したかったんでしょう。だって、22週最後での次週予告で、もう”蟻さん”の帰還を映しちゃっているんだし。


まあ、現実的には、山長を離れた桜子が、思いがけない帰還をした蟻さんと接触する可能性があるのは、2月のかねさん命日位しかないじゃないか、という理由もあるでしょうが。あと史実的にいえば、外地からの復員が本格化したのも終戦から数か月を経てかららしいし。(■注2)。


でも、終戦翌年の2月まで、国民学校編をもう数週分位入れて、22週までのあの展開と一旦断絶させる手もあったんじゃないのか?。


しかし、そうすると、今度は、放送時間がいくらあっても足りない、ええい翌年2月のかねさんの命日手前付近まで全部省略、で、どう断絶する?いまさら22週のおさらいは無いよね。ええいもう全部すっ飛ばしてあれ?終戦かと思ったら白装束だ!


ちなみに、25週冒頭も、ある意味、23週冒頭の展開に近いかも。冒頭は、先週分末の桜子嫁入りのシーンを回想しながら、引き続き挙式に入って行きます。


それもやはり、24週終盤での桜子一世一代の大立ち回り(■注3)で、”抜き差しならない”ものを洗いざらいぶっ飛ばしたのだから。さて!これで、25週冒頭からの二人のハレの姿を、御一同、一点の曇りもなく迎えられるってものです。


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■注1:でも当時は、実は、多くの人達もアレなら、マスコミも調子に乗ってソレだったそうだから、もう誰にも止められなくなって、止めようものなら暗殺されちゃうだろうし…などという話はややこしいので略。


■注2:もっとガチに史実に忠実だとすれば、松井兵長は、全滅した豊橋の歩兵第十八連隊第一大隊の僅かな生き残りとして、8月15日を超えて11月いっぱいまで戦っていたという。ううう。 (経緯はこちらで→『これからも、ずっとね。』(純情きらり第23週138話その2)

 


■注3:桜子一世一代の大立ち回りのテンマツはこちら→ ほんとうに良かったね!(純情きらり第24週143話 - 144話)


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ところで23週に戻りますが、改めて見てみますと、この冒頭に続く一連のお話、幸っちゃんは朝の雑炊のおかわりにありつけないし(おーい誰か分けてあげよう)、そして八重さんの登場から、八州治さんはコミカルに干されるは、お弁当ドロボウ君はカマすかと思えば笛子さん突入!そしてまさかのキヨシw。少々コミカル入っていますが、実はなかなか、なお話で、そこにあった現実との対比としても、ちょっと興味深いです。


この23週の一連の場面、名誉回復の為に何か…おっと赤みがかった表現ですみません。そういえば、”火の山”にも赤い人達は沢山出てくるのですが、それらの記述も、あくまで当時のそこにあった現実として描かれるものの、そこにはヘンな匂いのかけらもない。そして、それは、きらりにおいて形を変え、分解再構成がなされているんじゃないでしょうか。だからその世界に不思議とすぐに入っていける。


そういえば、前回、引き合いに”坂の上の雲”を出してみたついでに、怖いもの見たさに例の経緯を少しググってみたら、ああ、やっぱり、胸くそ悪くなってしまった、見るんじゃなかった…ともあれ、きらりがメンドウくさい変なのに絡まれずに良かった(あー言っちゃったよ)。というか、そもそも、きらり自体が、そんなのを寄せ付けないスタイルなので、良かったね、という事で。

■お詫び:前回取り上げた、与謝野晶子と第六潜水艇事故についてですが、事故が起きたのは、4月14日ではなくて、正しくは4月15日(1910年/明治43年)でした。だからニュースでの慰霊祭の日付も、4月15日でした。お詫びして訂正致します。前回の記事も日付を訂正しておきました。

おまけ


きらり技(2)
『やめて!』『わたしに近づかんで!』
それ以上近づくと桜子共々精神を破壊される、桜子究極の防御技。

……おゆるしください。