先日、日本語の文庫本を読んでいたら。
こんな記述が目に入ってきまして…。
蜘蛛の巣を散らしたように逃げていった。
えっ。
3度ほどその箇所を読み。
念のため、もしかしたら私が知らないだけかも知れないので、ネットでも調べてみまして。
そしたらもちろん「蜘蛛の巣を散らす」なんて表現はないわけで。
そりゃそうよね。
散らすのは蜘蛛の子、でしょ、蜘蛛の子!
蜘蛛の巣散らしてどうすんだ。
何だか力が抜けました…。
作家とはいえ、こういったミスをする事はあるのかもしれない。
だけど…編集社などでも原稿には目を通しているわけでしょう?
何で、その時点でこのミスに誰も気付かないのだろう…。
日本語に関する違和感については今まで何度か書いてきたのだけれども。
…例えば「ご苦労様です」という言葉(☆)。
本来ならば目上の者が目下の者に使う言葉。
なのに、特に刑事ドラマでは目下の者が目上の者に使いまくってます。
刑事ドラマでなくとも、「ありがとう」の変わりに「ご苦労様です」って言ってますね…。
これは、もう「ら抜き言葉」のように、時代と共に変化した日本語として受け入れられてしまったのでしょうか?
私が時代についていけてないだけ??
そういえば「全然+肯定形」も私はあまり使いたくはないのだけれども。
これが現れ出した頃はものすごく耳障りだったのだけれども。
気がつけば聞いていてもそこまで耳障りでないようになったなあ…。
今日本語を教えているイタリア人に、この「全然」という言葉を教えたとき。
本来ならば「全然」のあとには否定形が来るのだけれども、今の日本では肯定形を使う人もいるって、一応説明しておきましたもの…。
それでも、できるならば、全然+否定形を使ってね、って付け足しましたが。
ところで今、日本の春ドラマを見ているのですが(私、最終話まで全部録画して、まとめて見るというやり方なので、見る時期が少しずれるんです。でもね、これで気付いたこと。日本でつまらないと言われていたドラマも、こうやって一気に見ると、案外見られるものなんです。最低でも1話と2話をできれば連続して見る事で、話の中に入りやすいんでしょうね)。
この前見ていたドラマで、こんなシーンがありまして…。
とある会社の社長がテレビに出ている。
その社長秘書もインタビューで社長の人柄などについて、話している。
で、その秘書の言葉なんですけど…(言葉は正確じゃないですよ、きちんと覚えてないので)。
「坂東(社長の名前)は…」
と、社長の名前呼び捨てです。
そこまではいいの。
ってか、社長の名前を呼び捨てにするという頭のある人が、ですね。
その後に、ですね。
「社員を家族のように思って下さるんです」
と!
うちの社長はいい人なのよアピールをするんですが。
その際社長に対して敬語使いまくり!
気持ち悪いよー!
これだけ社長に敬語使うのであれば。
初めも坂東は、なんて呼び捨てにしないで、社長は、って言ってほしいわ。
坂東は、とあとの敬語の落差がある分、余計に違和感が…。
しかもこの社長秘書を演じている女性はアナウンサーさんなんですよね。
自分で言っていて、気持ち悪くなかったんでしょうか…。
まあ。
これはこのアナウンサーさんが悪いというよりは、脚本が上がってきた時点でこうだったんでしょうけど。
脚本家っていう、言葉のプロである人達も、今はもうこういうところ、気にならないんでしょうか…。
前にも書きましたが。
今の日本人は敬語を乱用しすぎていると思います。
しかも使いこなせていないのに。
とりあえず敬語を使っていればいいだろうって事で、相手に対して謙譲語を使ったり、もう、ぐちゃぐちゃ。
こんな、文句を言っている私でも、日本語を教えている私でも、日本語の敬語って非常に難しいと思うし、完璧には話せていないと思います。
だけど、それを自覚しているので、無理な敬語は使いません、私。
自分で使いこなせない敬語は、丁寧語を使って乗り切っています。
間違った尊敬語を使うよりは正しい丁寧語を使うほうがマシだと思うので。
前にも書きましたが、敬語には絶対敬語と相対敬語の2種があります。
日本語は相対敬語。
社内では社長に敬語を使っているけれども、取引先の人が来れば社長を呼び捨てにし、敬語も使わない…とウチとソトで敬語を使い分けている。
韓国語などは絶対敬語。
社内で社長に敬語を使い、取引先の人が来れば取引先の人にも自社の社長にも敬語を使う。自分より目上の人にはウチもソトもなく、とにかく敬語。
私は個人的に、この相対敬語の世界、好きです。
だけれども。
テレビなどで耳にする日本語。
とにかく誰に対してでも敬語を使うという頭になっているのか、謙譲語も尊敬語も、ウチもソトもあったものじゃない。
なんだか絶対敬語になりつつあるなあと思うのは私だけでしょうか…。
ところで。
日本語を教えているときに。
日本語ではウチとソトを考えなきゃいけないんだよ、って話をしていました。
例えば…。
自分の親について話すときは「私の母」だけど、相手の親について話すときは「あなたのお母さん(様)」なんだよ、って。
で、その時。
これは覚えなくてもいいけれど、と「愚妻」という言葉を教えました(これを覚えて使えって言ってるのではなく、日本語には愚妻、拙宅などといった言葉があるんだよって教えただけです)。
でも教えている途中で、この愚妻という言葉、本来の意味は何なんだろうと気になりまして。
私の「愚かな妻」なのか、「愚かな私」の妻なのか、…。
もしくは全く別の由来があるのか…。
宿題として、家に帰って調べたわけです(ちなみに私ベンゴシの弁護士事務所の1部屋で日本語教えてます)。
結論。
諸説あり過ぎて、わからない…。
「謙譲語は自分を低める言葉なので他人を低めることはできない。よってこれは「愚かな私」の妻、だ」
という説ももっともだなあと思うのですが。
でも例えば「これがウチのバカ息子です」って言うときは、私の「バカな息子」ですよね?
つまり愚息は、私の「愚かな息子」って事?
ってなると愚妻も、私の「愚かな妻」って事か?
うーん。
…というよりも、ですね。
愚妻を検索していたときに見つけたページがあったのですが。
とある大学教授が某新聞でワンポイント英語講座みたいな記事を書いていたらしく。
文中にあった愚妻を「a bad wife」と訳していた、と。
「 愚妻 」 を英語に訳せば、"my wife" 以外の訳は出てきません。
このように、この記事を書かれていた方は締めくくっていたんですが。
まさにその通り!
愚妻というのは日本文化だからこそ通じることであって、外国語で「バカな嫁」だなんて紹介すれば、ものすっごい誤解を生みますよ…(だって愚妻って言ってる人、本気で自分の奥さんを愚かだなんて思ってないでしょう?でも外国語に訳してしまえばそのままストレートな意味で通じちゃいますから)。
何でもかんでも、訳せばいいってもんじゃ、ないですね。
あ、日本人がよく間違う英語としては。
「駅へ行く道を教えて下さい」を「Please teach me...」って言っちゃうんですってね。
日本語からの、直訳。
あと、私は日本語を教えている子に「イタリアはありがとうの文化だけど、日本はごめんなさいの文化なんだよ」ってよく言います。
例えば落としてしまったペンを誰かが拾ってくれたとき。
イタリアではその人に対して「ありがとう」と言いますが、日本では「すみません」。
車で家まで送ってくれると言った友達にも、イタリアでは「ありがとう」だけど日本では「ごめんね」。
これ、折に触れて伝えてはいるのですが。
こういうのは生まれたときから染み付いている習慣なわけで。
簡単には理解できないというか、使いこなせないというか。
私、この日本語を教えている子にちょくちょく頼みごとをしています(彼を通して買うと安く買える物があるので)。
で、先日も「また、あれ持って来てくれるかな?」とメールしました。
そして日本語で「いつも、ごめんね」と付け足しました。
授業にやって来た彼。
「ごめん、あのメールの意味がよく分からなかったのだけど」と。
「いつも」も「ごめんね」も理解できてます。
でも何に対してかが分からない、と。
そうか、イタリアじゃ「いつもありがとう」だもんね…。