結婚式が済んでから数週間後。


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ベンゴシとクエストゥーラへ。
何度電話
してもつながらないっていうイタリアらしい理由で、婚姻証明書とパスポートだけ持って、とりあえず。
ちなみに結婚が理由の場合、ペルメッソは郵送ではなく、クエストゥーラに直に行かないといけないそうです。
ここで分かった必要書類:
・私のパスポートのコピー(写真のあるページと、入国した日のスタンプがあるページ)
・ベンゴシの身分証のコピー
・婚姻証明書
・一緒に暮らしているという証明(←ベンゴシがちゃちゃちゃと手書き
)
・私の証明写真4枚(←でも実際に使ったの、3枚でしたけど…
)
・14.62ユーロの印紙
半分以上足りなかったので、この日はすごすごと帰りまして。
別の日にまた。
私がナポリで申請したのは大分前だし、ナポリと比べればめちゃくちゃ小さい街だからってのもあると思うんだけど。
私達がついたのは9時だか9時半で。
早朝から外で行列する必要もなく。
郵便局のように番号を取って、椅子に掛けてひたすら待つ、という、とっても人間的なシステム。
ただ、仕事が遅いのはやっぱりイタリアで。
この日も1時間半近く待ったかなあ、私が呼ばれるまで。
ベンゴシはもうかなりイライラしてましたが。
私からすれば、ねえ。
室内で、座って待ってられるんだよ?
楽なもんじゃない。
私がペルメッソで苦しんでたときは(泣いたときとかは別として)しょうがないだろって言ってたベンゴシ。
そうよね、自分が経験しなきゃ、人の気持ちなんて、わかんないわよね!
ようやく呼ばれまして。
必要書類を全て出し。
順調に思えたのだけれども。
ここで、ちょっと問題発生。
あんまり知られてないと思うのだけど(それとも私がそう思ってるだけ?)。
就学・就労なんかでイタリアに来てペルメッソを取った場合。
一時帰国とかではなく、完璧に日本に帰国しますってなときは、出国の際、空港なんかでペルメッソを返還しないと、いけない。
私はそれを知ってたんだけど。
私、ペルメッソを引き取らないまま帰国したじゃない?
もちろん半券はあったのだけど。
それを返すのもバカらしいというか、ちょっとした小さな反抗というか…。
半年経ってもペルメッソができてないような国に、何で律儀に半券を返さないといけないんだ、どうせ誰もわかんないでしょ、みたいな…。


で、ですね。
私の過去のペルメッソ歴を調べたところ。
コネがあった時代のものはちゃんと記録に残ってたのだけれども。
この、最後の、引き取れなかったペルメッソの部分が、記録に残ってなくって。
それで少しもめかけたのだけど。
結局その辺は無視するってことで!
「本当に、遠い国からよく嫁いできたわねえ」なんて言われつつ。
…実際、ですね。
ここの係員、私達外国人を、きちんと人間として扱ってくれてたのですよ。
これには感動しました、私。
ナポリがひどすぎたのか、時代が変わったのか…。
でね。
アフリカ系・東欧系・南米系の人たちが通訳+お手伝いとして常駐してました。
手続きが終わった私、ベンゴシとは別れて、このお手伝いの人に連れられて、別の場所へ。
ここで正面と横からの写真を一気に撮られ。
身長を申告し。
指紋を採られる。
ここでもちゃんとデジタル化してまして。
指先10本、手のひらも左右それぞれ。
私さあ。
ここにいた男の人たちに、久しぶりにシニョリーナ
って呼ばれました…。
結婚したから正式には「シニョーラ」なんだけどねえ?
それでも何だか嬉しいシニョリーナ。
ただ指紋を採る時になって私の指輪に気付いて。
「へえ、日本でも結婚指輪ってあるんだ。旦那は日本人?イタリア人?」と。
これを聞いてた、通訳兼お手伝いのアフリカ人。
「結婚指輪は世界共通でしょう。僕の国にもありますよ」って突っ込んでたけど。
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この数日後。
移民系の裁判のために行っていた裁判所から帰ってきたベンゴシがこう言った。
「通訳、誰だったと思う?」
…あの、アフリカ人だったんだって。
お互い覚えてて、ちゃんと挨拶してきたそうな。
で。
今はパソコンで番号打ち込めばペルメッソができたとかがすぐにわかるので(←すごくない?すごくないっ??
)。
20日後ぐらいに取りに来てねー、と言われてたのでそれぐらいにパソコンで検索してみたら。
できてました!!
うん、20日ぐらいなら、まだ、分かる。
半年経ってもできてないって本当に異常よね…。
取りに行ったらこのアフリカ人とまた会いまして。
ここでもおしゃべりしてたんだけど。
何と彼、6ヶ国語ができるんだそうで…。
イタリアにはイタ語をまったく知らない状態で7年前にやってきたらしいのだけど。
とても上手なのですよ。
私も頑張らねばと思いましたよ…。
とりあえず。
これで5年間は、安泰です。