世界陸上はもう終わってしまいましたが、まだ書ききれていないことがあるのでもう少し…。
9月2日の夜の閉会式。
実は私たちも選手たちと一緒に歩いていたんです(選手団から要請があったときはアタッシェも一緒に歩ける)。
こんな経験…そうできるものではありません。
実は私たちも選手たちと一緒に歩いていたんです(選手団から要請があったときはアタッシェも一緒に歩ける)。
こんな経験…そうできるものではありません。
表彰式などがおしていたため、閉会式が始まったのは予定の9時半を大幅に越して10時も回っていました。
入場するのを待っている間、その日の朝マラソンを走ってきた選手らと共に、なぜかイタリアチームだけが盛り上がってる。
周りを巻き込んで歌ったり叫んだり。
入場するのを待っている間、その日の朝マラソンを走ってきた選手らと共に、なぜかイタリアチームだけが盛り上がってる。
周りを巻き込んで歌ったり叫んだり。
閉会式自体は、はっきり言ってしまうとつまらないと思いました。
出席者が少ないのは、もう帰国してしまってる人も多いため、しょうがないかとは思いますが。
ラストの河内音頭。
あれだけ言っていたわりにたった1曲で終わりですか!?って感じで。
時間がなかったから短縮されたのかも知れませんが。
私はイタリア人と踊っていたので知らなかったのですが、踊りが始まると同時に帰ってしまった人も多かったとのこと。
出席者が少ないのは、もう帰国してしまってる人も多いため、しょうがないかとは思いますが。
ラストの河内音頭。
あれだけ言っていたわりにたった1曲で終わりですか!?って感じで。
時間がなかったから短縮されたのかも知れませんが。
私はイタリア人と踊っていたので知らなかったのですが、踊りが始まると同時に帰ってしまった人も多かったとのこと。
イタリア人はやはりノリがいいのでしょうか。
分からないなりに踊っていました。
また、何人かは菊水丸と書かれたハッピを着せてもらい、それを持ち帰ることができたのですが、大変喜んでいました。
分からないなりに踊っていました。
また、何人かは菊水丸と書かれたハッピを着せてもらい、それを持ち帰ることができたのですが、大変喜んでいました。
最初に入場したイタリアチーム。
退場したのは一番最後でした。
トラックを1周して、まだ残っていた人たちに挨拶をして回っていた日本選手団を除いては。
退場したのは一番最後でした。
トラックを1周して、まだ残っていた人たちに挨拶をして回っていた日本選手団を除いては。
なぜかと言うと、みんな写真撮りまくりなんです。
私たちの前に5-6台のカメラが並ぶなんてこともザラで。
順番に写真を撮ってあげていました。
私たちの前に5-6台のカメラが並ぶなんてこともザラで。
順番に写真を撮ってあげていました。
今からとある場所で各国選手団を招いてのファイナルバンケットがあるためか(出席は自由ですが)、料理の種類はかなり少なめ。
私たちも選手団の人みんなからこのファイナルバンケットに招待されていました。
数日前は選手団から強い要請があった場合は上に掛け合ってくれるとのことでしたが、当日になってボランティアは絶対に行ってはならない、とのお達しが。
だからCasa Italiaに来たんです。
私たちも選手団の人みんなからこのファイナルバンケットに招待されていました。
数日前は選手団から強い要請があった場合は上に掛け合ってくれるとのことでしたが、当日になってボランティアは絶対に行ってはならない、とのお達しが。
だからCasa Italiaに来たんです。
ファイナルバンケットに行かない人たちとホテルに戻ったのが2時ごろ。
そのままロビーで少し話し。
そのままロビーで少し話し。
私達アタッシェはファミレスに行くなどして時間をつぶしました。
オールしたのなんて久しぶりですが、Casa Italiaでエスプレッソを飲んだこともあり、私は辛うじて大丈夫でした。
オールしたのなんて久しぶりですが、Casa Italiaでエスプレッソを飲んだこともあり、私は辛うじて大丈夫でした。
さて、夜が明けて。
ついにお別れの時です。
ついにお別れの時です。
ある選手が、彼女が着ていたTシャツなんかを私たちにくれたんです!


これに涙が出てきて。
実は閉会式の後。
Casa Italiaに行く前に、チームリーダーたちからプレゼントをもらっていたんです。
私たちが本当によくしてくれたからって。
私たちが本当によくしてくれたからって。


それから。
私たち、昼からのアタッシェの中でダントツ一番人気だったのは選手でも役員でもなく、イタリアのジャーナリストのおっちゃんでした。
取材などで忙しいため、他の人よりも一緒にいた時間は少なかったのですが。
どうしてでしょう。
私たち、昼からのアタッシェの中でダントツ一番人気だったのは選手でも役員でもなく、イタリアのジャーナリストのおっちゃんでした。
取材などで忙しいため、他の人よりも一緒にいた時間は少なかったのですが。
どうしてでしょう。
いつも冗談を言い合ったりしていたため、後になって実は彼がこっちに来ているイタリアのジャーナリスト全てを取りまとめている人だと知った時は、変な感じがしたものです。
ネットを見ていて彼が書いた記事を読むと、「あのおっちゃんがなぁ…」なんて思ったりして。
ネットを見ていて彼が書いた記事を読むと、「あのおっちゃんがなぁ…」なんて思ったりして。
そんな彼だから、メッセージカードも彼の分は他の人と比べてぎっしりと書き込まれていました。
そしてその彼からもプレゼントをもらえたんです。

PRESSと書かれたTシャツ。
白を基調とした、PRESSと書かれているTシャツを彼が着ていた時にいいな、と言ったのを覚えていたのかもしれません。
白のほうが格好良かったし、彼のサイズなので私には大きすぎて着る事はできません。
白を基調とした、PRESSと書かれているTシャツを彼が着ていた時にいいな、と言ったのを覚えていたのかもしれません。
白のほうが格好良かったし、彼のサイズなので私には大きすぎて着る事はできません。
だけど、みんなの気持ちが嬉しくって。
みんながロビーに下りて来た時からすでに目はウルウルしていたのですが。
選手がTシャツをくれた時。
皆と話している時。
涙が止まりませんでした。
選手がTシャツをくれた時。
皆と話している時。
涙が止まりませんでした。
イタリア人はもちろん長かった試合も終わり、家に帰れるわけですから、楽しそうです。
泣いている私たちの写真を撮っている人もいました。
泣いている私たちの写真を撮っている人もいました。
バスに乗るとき。
皆と1人1人キスをしてお別れしました。
皆と1人1人キスをしてお別れしました。
泣いている私を見て、抱きしめてくれる人、「また必ず会えるから」「イタリアに来たら会いにおいで」などと言ってくれる人、泣いてることに対して怒ったふりをする人など、様々でした。
バスが行ってしまった瞬間。
私の世界陸上も終わったな、と思いました。
私の世界陸上も終わったな、と思いました。
今回の世界陸上は、運営面でたくさんの問題があったと思います。
私はそれをうやむやにするべきではないと思うし、問題点は徹底的に話し合うべきだと思っています。
私はそれをうやむやにするべきではないと思うし、問題点は徹底的に話し合うべきだと思っています。
ある選手団に部屋がなくロビーで寝る羽目になった、競歩での誘導ミス、などがあり、大会そのものに対して、また運営側のしていることとボランティアのしていることに対しての区別がつかない人たちが、ボランティアを責めるようになったことはとても悲しいことでした。
先ほど書いたように、私も「あってはならないミス」に対してはきちんと原因究明などをすべきだと思います。
一部のボランティアが、あるまじき行為をしたのも確かです。
一部のボランティアが、あるまじき行為をしたのも確かです。
ただ、私はアタッシェを中心とした人たちのことしか知りませんが、皆本当に頑張っていたんです。
ホテルからのシャトルバスで長居に着くと、そこでボランティアの皆さんが手を振って、選手たちを迎えてくれました。
困っている人がいれば、どこの国の人であろうと(自分の担当国でなくとも)助け合いました。
困っている人がいれば、どこの国の人であろうと(自分の担当国でなくとも)助け合いました。
少なくとも私の周りには、こういう人がほとんどでした。
なのに問題が起こると「ボランティアの質が悪い」「やはり大阪には無理だった」等と言う声がどっとあがりました。
何千人もいるボランティアが全て悪かったのでしょうか?
大阪には無理と言いますが、東京から来ている(組織委員会の)人たちだっていますよね?
大阪には無理と言いますが、東京から来ている(組織委員会の)人たちだっていますよね?
ものすごくコンディションの悪い中、アタッシェは自ら進んで「こうすれば効率が上がる」「こうした方がいい」「こんなことが必要だった」などと話し合い、頑張ってきました。
私にとって、しんどかったけれどもかけがえのない2週間でした。
このボランティアを通して知り合ったボランティア仲間、イタリア選手団、他の人たち。
この2週間で起こった全てのことが私の宝物となりました。
このボランティアを通して知り合ったボランティア仲間、イタリア選手団、他の人たち。
この2週間で起こった全てのことが私の宝物となりました。
最後に。
3日の早朝。
関空へ行くバスを待っているある国の人とお話をしました。
彼はこの10数年世界陸上を初め、オリンピックなどにも役員として付いていたそうです。
そして「今まで何カ国と付いていったが、大阪がどこよりもよかった。ありがとう」と言ってくれたのです。
日本人の私と話していたからかもしれません。
でも私には単なるお世辞に聞こえませんでした。
3日の早朝。
関空へ行くバスを待っているある国の人とお話をしました。
彼はこの10数年世界陸上を初め、オリンピックなどにも役員として付いていたそうです。
そして「今まで何カ国と付いていったが、大阪がどこよりもよかった。ありがとう」と言ってくれたのです。
日本人の私と話していたからかもしれません。
でも私には単なるお世辞に聞こえませんでした。
国どころかホテルまで違う、今まで会ったこともない方でした。
きっとその国担当のアタッシェの方や、彼と関わったボランティアをはじめとする人たちが、彼にいい印象を残したのではないかと思っています。
きっとその国担当のアタッシェの方や、彼と関わったボランティアをはじめとする人たちが、彼にいい印象を残したのではないかと思っています。
1人でも多くの人が大阪を、日本を好きになってくれたことを願っています。
