父は大事になっているとは思わず、救急車を呼ぶ選択肢がなかったらしい。
当時はそう話していたけど、思考が止まっていたのかもしれない。



父母共に当時50代後半。



私は震える手で、充電が不十分の自分の携帯で119番した。
起こった全てを説明した(つもりだ)けど、「落ち着いてください」と言われたことだけ鮮明に覚えてる。


多分電話口の私は、慌てていたんだと思う。




救急車はすぐきてくれた。
救急車に同乗したのは私だった。


父は車で搬送先の病院まで、荷物やお金、必要なものを揃えて後で来てくれた。
今思うと、珍しく飲酒してない日だった。


母は救急車内で、隊員の方からの質問で自分の名前、年齢、生年月日、応えられていた。
応えられていたんだよ、、、、、



結局、地元の市立病院に運ばれた。
23時過ぎだったため、鎮静剤のような落ち着かせる点滴を打たれただけで、その日は何も出来なかった。


倒れた時間が時間だったら、後遺症が少なく助かったのかもしれない。
「かもしれない」ばかりが浮かぶ。



同乗したのが私だけだったので、先生の説明を聞いたのも当時20代の私1人だった。


「くも膜下出血」
衝撃だった。
まずは説明を聞かなきゃ。説明を聞いて父に説明しなきゃ。しっかりしなきゃ。と言い聞かせて、眉間にきっと皺を寄せながら話を聞いた。
だから、私はそのときは決して泣かなかった。落ち着いて、大丈夫なふりをしていた。




色んな同意書を私が書いた。





先生の説明を聞き終わって、何分経ったか分からない。
父が車で来た。


父に
「ママ、くも膜下出血だって」

伝えた瞬間大泣きした。
夜間緊急の待合ベンチで、父に強く抱きしめられながら、大きな声を出して泣いた。
 


この先のことより、母がくも膜下出血で倒れたという現実がいっきにきた。
急に母が遠くにいってしまう気がした。



家に帰る前、母に会わせてくれた。


このままお別れかもしれない。父は思ったそうだ。



手も冷たくて、暗い部屋に運ばれた母をこのまま病院に残して帰りたくなかった。





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やはり、涙が止まらない。
2023年の出来事だが、私には昨日のように思い出すことができる。


また、ゆっくり綴ります