これは友だちの友だち、の話である。友だちの友だち。

以下で登場する「彼」というのは、俺にとって友だちの友だちということである。

 

 

 

優しい嘘なら、いらない。

むかしの流行歌に、そんな歌詞があった。

「嘘には良い嘘と悪い嘘がある」という人もいる。

 

彼は思う。そうだろうか。

嘘には良いも悪いも優しいも優しくないもない。

悲しいだけなんじゃないか、と。

 

 

 

彼の家庭環境を一言で説明するのはすこし難しい。

事実として言えるのは、彼は実家を離れて家庭を築いていること、実家では両親と姉が3人で暮らしていること、姉は人付き合いがすこし苦手ということ、彼は姉と5年くらい言葉を交わしていない、ということだ。

 

 

彼の息子は4歳にもなるのに、彼の両親、つまり息子にとっての祖父母とは数回しか会っていない。

両親は孫に会いたい気持ちは強く持っているし、彼が会わせまいといじわるをしているわけでもない。それでも数回しか会っていない。これには彼の姉の存在が大きく関係してくる。

 

彼が妻子を連れて実家に帰ろうとしたことは何度もある。しかし、そのたびに母から「ほんとうに申し訳ない」とつらそうに来訪を断られてきた。

彼の姉は「弟が自分よりも可愛がられて育ってきた」と思っている。

姉にとっては、そんな弟が幸せいっぱいの姿で帰ってくるのが許せない。めったに帰ってこない弟のために両親がうれしそうに世話を焼く姿が許せない。やっぱり私はいらない子なんだ。姉はこういう思考回路になってしまうのだという。そして気持ちが抑えきれなくなると、家中の壁にハサミで穴を空けたり、食器を壊してまわったりするのだという。

彼にとって実家はもはや「帰るべき場所」ではなくなってしまった。むしろ「帰らざるべき場所」ですらあるのかもしれない。

 

 

だったら、両親に来てもらえばいいじゃないか。

そう思った彼は息子の幼稚園の運動会に両親を誘ってみた。

両親は少し迷いを見せつつも「本当に行ってもいいの?」と喜びを隠しきれない様子だったそうだ。

しかし彼は結局のところ、離れて暮らす両親と姉の関係性をわかっていなかったのだ。残念ながら。

 

 

 

運動会は朝からだったので、両親は新幹線に乗って前日夜に彼の暮らす東京にやってきた。夜は彼の仕事が忙しくて両親と会うことができず、翌朝に幼稚園で待ち合わせすることにした。

 

 

その夜のことだった。

日付が変わるか変わらないかの時間。あしたは朝から運動会の場所取りに行かないといけないし、そろそろ寝るかな、と彼が思っていたころ。スマホに電話がかかってきた。発信元は実家の固定電話だった。

 

両親はいま東京のホテルに泊まっている。とすると、この番号から発信できるのは

 

「もしもし、久しぶり」

 

やはり電話をかけてきたのは姉だった。会話をするのは5年ぶりくらいか。

 

「久しぶりだね。こんな時間になしたの?」と彼。

「いま父さんと母さん、家にいないの」と姉。

「ああ、うん」と彼。

「父さんと母さんが友だちの新築祝いに呼ばれて出かけたんだけど、父さんが飲み過ぎて帰れなくなったんだって」と姉。

 

 

 

彼はあまり勘の鋭いほうではない。むしろ鈍いほうだとよく言われるくらいだ。

それでも、彼はこの姉の言葉を聞いてハッと気が付いた。両親は姉に嘘をついている、と。「あした一緒に子どもの運動会見に行くよ。姉ちゃんも来ればいいのに」とか言わなくてよかったー、と。

 

さすがに両親とも家を空けることになるのだから、ちゃんと姉には孫の運動会に行くということを説明しているのだと彼は思い込んでいた。でも実際はそうじゃなかった。

両親が弟一家のために東京に行く私は田舎の家に一人両親は私より弟が大事私はいらない子許せない

両親は姉がこういう思考回路になることを懸念したのだと思う。

 

 

嘘つくならもっとバレない嘘つけよ!と彼はすぐに思った。

しかし姉が彼に電話をかけてきたのは、両親の説明を疑っていたからではなかった。

むしろ両親の説明を信じた上で「あの強かった父がお酒に飲まれてしまうなんてなんでなんだろう。やっぱり私のせいなのかな」ということだった。

 

彼は答えに窮した。

正直に言うべきか?いやいやそれは無理だ。かといって、姉を納得させる合理的な説明をできる自信はまったくない。というか嘘なんだから、それも中国のドラえもんくらいのかなり粗っぽい嘘なんだから。合理的な説明なんでできるわけがない。でも、かといって説明ができなければ、姉は自分を責めてしまうことになるんじゃないか。

 

彼は眠い頭を3秒くらいでフル回転させて、こんな風に答えたという。

 

「父さんももう60過ぎじゃん?お酒強いひとだとは思うけど、年とると自分で飲めると思ってる量と体が受け入れる量ってずれてくるらしいじゃん。父さんはそこを見誤ったんだと思うよ。だから姉ちゃんのせいじゃないよ。父さんも年とったねー」

 

 

姉は納得したようなしてないような態度だったそうだが、彼は通話口で30分間嘘をつき通した。その夜はひどく疲れを感じたが、眠りに落ちる前、あすは両親に伝えるべきだ、と強く思った。

 

 

運動会当日。

彼は両親と顔を合わせると、前夜の決意がしぼんでいくのがわかった。

両親は孫と久々に会えたことでもちろん笑顔は見せている。しかし、ふとしたときの表情に影が差していた。間違いなく姉への後ろめたさだと彼は思った。

 

決定的だったのは、両親が「昼ごはんを食べずに帰る」と言い出したことだった。

運動会は14時までの予定。事前に両親からは「16時発の新幹線で帰る」と聞いていた。体調が悪いとかならいざ知らず、孫の運動会で一緒に昼ご飯を食べずに帰る祖父母なんて地球上に存在しえないはずだ。

 

しかし、両親が姉にした説明は「友人の家で飲み過ぎて帰れなくなった」というもの。普通の人間ならさすがに一晩寝ればすっきりするだろうし、昼には家に帰るはず。

だが16時の新幹線に乗れば帰るのは20時くらいだ。飲み過ぎて友人宅で一晩厄介になったとしても、帰りが20時では遅すぎて不自然だ。だから嘘が粗すぎるんだよ、と彼は思った。

 

 

父親は後ろ髪引かれる感じだったが、母親にせきたてられるように、2人は本当に昼前に帰って行った。

彼は言えなかった。

会いに来てくれるのはうれしいけど、姉に嘘をついてまで来てほしくない、と。

嘘をつくのは姉に悪いし、2人もつらいし、その嘘を守るために嘘をつかなければならなくなった自分もつらい、と。

でも、彼は言えなかった。罪悪感を抱えてまで来てくれた両親に「あんたらは悪いことをしてる」とわざわざ指摘するようなことを彼は言えなかった。その指摘はたぶん120%正しい。でも正しすぎて、両親を傷つけてしまうような気がして、彼は言えなかった。

 

 

だから彼は思う。

嘘には良いも悪いも優しいも優しくないもない。

悲しいだけなんじゃないか、と。

 

 

彼はそんなことを思いながら、息子に最近こんな話をよく聞かせているという。

 

「海にヒトデっているじゃん。あれってなにかの形に似てない? そう! 星! でもそれって偶然じゃないんだよ。空のお星さまが海にどぼーんって落ちたのがヒトデなの。つまり、ヒトデってお星さまなんだよ」

 

関心したように「へ~!」とにっこり笑う息子を見ながら、彼は「それでも優しい嘘を探し続けよう」と思っているという。

 

 

人間の視界の広さはだいたい200度だという。真横より少し後ろが見えるくらい。

これに対して、馬など両目が顔の横についている動物は約350度、前後左右ほぼすべてが見えているそうだ。

ああ、あのころの俺の視界はきっと30度くらいしかなかったなかったんだな。

 

 

 

久しぶりに北海道に来るといろんなことを思い出す。

 

海沿いのまちに来た。

ここは学生時代、当時好きだったT氏を含む男女6人のグループでキャンプに訪れたことがある。

海の見える山にあるコテージに泊まって、BBQをしたり、花火をしたり。必修科目のあの講義はどうだとか、レポートどうするとか、教員免許をとるならどの科目にするとか、大学生らしくそんな話をしていたんだろう。

夜はみんなで近くの丘に登って月を見に行った。

なんでそうなったのかはもはや覚えていないけど、T氏と手をつないでいた。

T氏は「楽しいね」と何度も繰り返して「またみんなで来れたらいいね」とか、そんなことを言っていた気がする。

俺は「きっとまた来れるよ」なんて根拠のないことを言って、そういえば夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」って訳したらしいよとか、海王星の公転周期レベルの遠回しすぎる好意をにじませる発言を繰り返していた。伝わるわけがない。

一緒に来ていたグループの中にはT氏の彼氏がいた。そいつはどうせ今年の日ハムの順位がどうとか、薄っぺらい会話を別の女の子としていたはずだ。

彼女が悲しい思いをせずに穏便に別れて俺のこと好きになってくれないかなあ、無理かなあ、無理だろうなあ、と思ったりしていた。

 

あのころ「そんなクズとは今すぐ別れるべきだ。俺は君を幸せにすると約束する。君が隣にいない人生なんて考えられない」くらい言えていれば、なにかが違ったのかなあ。

見守ること、傷つけないこと、優しくすること、というのは似ているけど全部微妙に違うんだよなあ、でもいまだに違いはよくわかんないよなあ。

10年以上前に見たのと同じ海を見下ろしながら、そんなことを考えたりしていた。

 

 

そういえば、T氏とは堂々と「デート」をしたことがある。

当時「恋するハニカミ」というテレビ番組をやっていた。これは若い芸能人男女がそれぞれ誰と何をするかを事前に知らされずに集合場所に行って、そこでお互い初めてこんにちはをして、番組が用意したコースや内容に沿ってデートをする様子を見る、というもの。初対面同士の美男美女が「アイスをあーんしてもらう」とかちょっと気恥ずかしいことをやってはにかむ様子を見ることができる、という点が若い女性に人気の番組だったらしい。

俺は反吐が出るほど嫌いだった。芸能人のデートなんて見てなにが面白いんだよ、こちとらデートする相手もいねえんだよ、イケメン全員死ね、と思っていた。

 

 

6人のグループは男女3人ずつだった。

誰が言い出したのかよく覚えていないけど、というか、もしかしたら俺がみんなの前でその番組を強く批判したことがきっかけになった気がしないでもないのだけど、「6人が3組に分かれてハニカミデートをやろう」ということになった。

 

くじ引きとかをやった結果、俺はT氏とペア。そして彼氏が考えたハニカミプランを2人で実行することに。茶番もいいところである。

一緒にお菓子工場に行って白い恋人を食べたり、ビルの屋上にある観覧車に乗ったりした。頭からっぽの彼氏らしい何のひねりもないプランだったが、T氏が隣にいるだけで楽しかった。

あれは12月だった。白いコート姿の彼女は寒そうに両手をこすったりしていた気がする。

映画「いま会いにゆきます」で中村獅童のコートのポケットに竹内結子が手を入れるシーンがいいよねとか、「寒いねと話しかければ寒いねと答えるひとのいるあたたかさ」って俵万智の短歌は素敵だよねとか、たぶんそんな話をしたんじゃないかと思う。これもやはり遠回しすぎる好意であって、当然彼女に伝わることはなかった。

こんな毎日が続けばいいな、ハニカミも悪くないなと思ったけど、アパートに帰ってひどく自己嫌悪に陥ったのを覚えている。

そりゃそうだ。彼氏のプランで好きな子とデートするなんていくらマゾだとしても趣味が悪すぎる。そんな思い出。

 

 

 

 

札幌で泊まったホテルは、付き合っていた子が住んでいたマンションのすぐ近くだった。

この駅で降りるのも久しぶりだなと思って、あたり一帯を散策してみたのだけど、彼女が住んでいたマンションとその1階にあるコンビニ以外、ほとんど見覚えがない。どういうことだ、これは。タイムスリップしたのだろうか。

いや、街並み全体は大きく変わっていない。よく考えれば、この辺にこんな感じのお店はあった気がする、というものは多い。しかしそのお店が何屋なのか、中がどうなってるのか、まったく知らない。

 

きっとあの頃の俺は彼女のつくるご飯と、彼女のおっぱいにしか関心がなかった。

もちろん当時はそんなつもりはなかったし、彼女との将来をそれなりに真剣に考えていたつもりではあった。

でも、それはたぶん独りよがりな「それなりに真剣」に過ぎなかった。

彼女は料理をするのが苦じゃなかったので一緒に外食をしたのは多くなかったと思う。というか、たぶん俺が彼女の料理をどれも「うまいうまい」と食べるので、家で彼女の手料理を食べるのが当たり前になってしまって、彼女が外食に行きたくてもそれを言い出しにくくしてしまったせいだろう。そして結果的に外出の機会自体が少なくなってしまい、彼女が不満をため込む一因となったことはいまなら想像に難くない。

 

「きょうこんなことがあってさー」

「うん(味噌汁のおかわりあったっけ)」

「でね、こんなこともあってさー」

「うん(ご飯もおかわりしようかな)」

「ねえ、聞いてる?」

「聞いてるよ(おっぱい触りたい)」

 

認めたくないけど、たぶん俺は四六時中こんなかんじだったんじゃないかと思う。ほんとバカとしかいいようがない。

 

 

夜は遅くまでやっている食堂でビールを飲んでジンギスカン定食を食べた。昼は静かな音楽が流れる昔ながらの喫茶店でオムライスを食べた。どちらも彼女と来たことはない。

 

「いつもお酒1杯しか飲まないけど、1回酔いつぶれるまで飲んでみない?俺が最後まで責任持って介抱するからさ」

「君の好きなオーケストラのコンサート、俺の好きなパンクバンドのライブ。それぞれ2人で行って、お互い良かったとこと悪かったとこを言い合ったら面白そうじゃない?」

 

一緒に行っていれば、こんな会話が生まれていただろうか。

そうすればお互い悲しい思いをしなくて済んだのだろうか。

 

北海道に来るといろんなことを思い出す。

 

https://youtu.be/IDfRqIgIbBs

 

30歳を過ぎて、世の中のだいたいのことはわかったつもりでいた。

駅の自動改札にとまどうことはないし、役所では難なく住民票を取って来られるし、1人で海外に行ってタクシーくらいなら乗って目的地まで行けるし、女性と2人で飲みにいったら相手がトイレに行ったタイミングでササっと会計を済ませておいて「よし帰るか」「あれお会計は?」「済ませといたからいいよ」「カッコいい!抱いて!」というくらいのスマートさは身につけていた。

 

しかし。

しかしである。

秋葉原に初めて行ってみて思った。

俺は世の中のことなんて全然わかってなかった、と。

 

 

 

秋葉原へ出かけてみるのを決めたことには大して意味はない。

セレブのまち白金台に住んでいてたまの休日には愛犬のマルチーズをなでながらスパークリングワインをたしなんでいる俺が、サブカルのまちだかオタクのまちだか知らないが、下界の生活にもたまには触れてみようじゃないか、というただの気まぐれである。

日々の生活に疲れているからメイドに癒されようとか、一緒に「おいしくなあれ、もえもえキュン」をやりたい、とか思ったわけでは断じてない。

 

 

 

友だちと秋葉原に降り立って5分ほど歩くと、すぐに違和感を感じた。

歩いている人の多くが、世間一般でいうところの「モテない」に属する男性であるということは想定内のこと。それを理解した上での違和感なのである。これはいったい何なのか。

 

 

答えはすぐにわかった。

ここでは、みなが幸せそうなのだ。

 

俺の常識の中で、たとえば高校生でいえば、クラスのなかで一目を置かれる男子とは、サッカーやバスケやダンスが上手だったり、勉強がよくできたり、先生のモノマネがやたらうまかったりする人のことだ。

社会人で言えば、仕事がよくできるとか、スーツをかっこよく着こなすとか、女性スタッフに気遣いができるとか、そういう人。そういう才能の持ち主が「カッコいい」と言われ、他者に認められることで自身もさらに自信を深めていく、というある種のサイクルが存在しているように思う。

 

そして上述の条件に当てはまらない人間は、「2軍」とか「陰キャ」と呼ばれ、隅っこに追いやられて、さぞかし肩身の狭い世界を生きてるのだろう、というのが俺の感覚だった。

 

 

 

このまちに、いわゆる陰キャとみられる男性はたくさんいた。

独り言をぶつぶつつぶやいていたり、米国でもそうそう見かけないような肥満体だったり、首元に見たこともない萌アニメのタオルを巻いていたり。

 

だが。

みんな胸を張っているとは言えないけど、心が満たされていることが彼らの雰囲気から伝わってくる。俺はここにいていいんだ、と肯定されている感じがにじみ出ている。

教室で野球部員が机に座って騒いでいて「その席ぼくのなんだけど…」と言えないような、「生きててすみません」みたいな卑屈さは一切ない。

彼らは確固たる独自の世界観、独自の幸せのものさしを持っている。

だからこそ、みんな幸せそうなのだ。

ブータンか、ここは。

 

 

まずは女性が寿司を握ってくれる店に行ってみた。

店内は普通の寿司屋。寿司は12カンくらいで3000円。安くはない。むしろ高い。若い女の子の手汗がついてなければ払う気になれない価格だ。

しかも出てくるのが遅い。寿司は江戸時代のファストフードとして根付いた文化だと思っていたけど、この店には迅速という概念はなさそうだ。女の子が1カンずつゆっくり握り、1カンずつ丁寧にお皿に並べる。最後の握りが終わることには最初に握った寿司は半分乾いてたんじゃないかと思う。味は普通。

 

 

隣には少年ジャンプの海賊ロゴが胸にデカデカ入ったTシャツを着た50がらみの男性。どうやら常連のようだ。社会勉強のつもりで話しかけてみる。

 

「初めて秋葉原に来たんですけど、このあとメイドカフェに行こうと思ってて。どこかおすすめありませんか」

「このへんもガールズバーみたいな店が増えちゃったからね。メイドカフェで間違いないのは老舗の@@@とか@@@かな」

 

 

このおじさんは、世間一般には中年オタクと呼ばれる人だったと思う。

この短い会話で驚いたのは、このおじさんがガールズバーとメイド喫茶を明確に線引きしていたこと。

どちらも若い女性が接客してくれる店ということは共通しているし、たぶん女の子の服装が違うくらいで中身に大差ないと正直思っていた。

しかし、この1時間後、俺は知ることになる。

これをガールズバーと一緒くたにするのはあまりに世間知らずだと。

 

 

寿司屋を出て、昔ながらのゲームセンターやファミコンショップをのぞいてから、おじさんがアドバイスしてくれたメイド喫茶に行ってみた。

そこは7階建てくらいのビルが丸ごとメイド喫茶みたいなビル。

いきなり面食らったのは、行列が長かったこと。みんな階段にはみ出て並んでいる。ビル1棟メイド喫茶なのに、そこに入りきらない客が来ているのである。

とりあえず最後尾に並ぶ。その後ろに並んだ高校生くらいの少年に話しかけてみる。

 

「けっこう並ぶんですね」

「このくらい全然マシっすよ」

 

ほぼ初めてのメイド喫茶に入るために並んでいることへの気恥ずかしさからなんとなくソワソワして落ち着かないおじさん2人組と対照的に、少年は1人で来ているにも関わらず落ち着き払っている。秋葉原で過ごした時間の積み重ねを感じさせる落ち着きよう。格の違いを見せつけられた気分だ。

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人さま~」

 

キタコレ。メルヘンなほわほわした制服を着たメイドたちからの定番のお出迎えに、つい顔がにやけてしまう。

ちなみに店内には女性客も3割くらいいて、女性に対しては「お帰りなさいませ、お嬢さま~」である。

 

 

しかし、ふと冷静になると、おかしな点がある。

俺も友人もこの店に来るのは初めてである。

一度でも来たことがあるなら「お帰りなさいませ」で結構だが、一度も「行ってきます」をしたことがないのに「お帰りなさいませ」はおかしくないか。

この矛盾、どうしてくれよう。

 

そんなことを思っていたら、1人のメイドがつつつとテーブルにやってきて話し出した。

 

「お帰りなさいませ、ご主人さま」

やっぱり「お帰りなさいませ」なのか。

 

「ご主人さまたちは、長い長い旅に出ていました」

 

???

 

 

つまり、たぶんこういうことである。

帰宅前(入店前)に並んでたとき、黒服の男から会員証を持ってるか聞かれていた。当然持っていないと答えたので、店側は我々が初めて訪れたということは把握している。

にもかかわらず、あえて初めてを初めてと扱わないのは、あなたの記憶にないかもしれないけど、前世とか前前前世とかであなたはここに来たことがある、ここはあなたの帰るべき安らぎの場所であって、私(メイド)たちはあなたの帰りを待ち続けていた、と。たぶんこういう理屈だと思う。

 

「長い長い旅に出ていました」と説明するメイドには、一切の迷いや照れがない。

こういうプロ意識の高さは、この店にいた1時間で随所に感じることとなる。

最初は???状態だったこちらも、徐々にこの世界に引き込まれていった。

 

 

ちなみにここは帰宅(来店)を重ねるほど、ランクが上がっていっていろんなオプションがあるというシステムで、最初はブロンズ(銅)からスタートする。

メイドが尋ねる。

「最高ランクになるには何回ここに帰ってくれば(来店すれば)いいと思いますか?」

 

「うーん、100回くらい?」

「それだとまだゴールドですね」

「え、ゴールドより上があるの?」

「クリスタル、@@@、@@@、@@@と続いて、@@@ブラックが最高です」

「すごい。じゃあ@@@ブラックになるには500回くらい?」

「正解は5000回で~す」

「えー!!!そんなに多いんなら、獲得した人なんていないんじゃないの」

「いーーーっぱい、いますよ~。1日に何回も来るご主人さまも珍しくないですよ☆」

「えーー!!!!」

 

こんな調子である。

 

 

「メイドがお絵かき・あいちゅカフェラテと、ろりっこさんでーください。あとメイドさんとゲーム対戦したいです」

 

 

飲み物とスイーツが運ばれてくる。

「じゃあ両手でハートをつくって、一緒に『もえもえ、キュン☆』ってやってくださいね。せーの」

「「もえもえ、キュン!!」」

 

近くの席では店の前で話しかけた少年が楽しげに同じことをやっていた。

 

 

 

ちなみに飲み物とパフェは激甘で、糖尿病になるかと思うほどだった。

もしこのブログを読んでメイド喫茶に行こうと思ったひとは、スイーツを頼む場合は飲み物はブラックコーヒーかウーロン茶にするのが無難だろうと思う。

まあ、過剰な甘さや胸やけも、幸せいっぱいと思えばそれほど苦でもない。

 

 

ゲームはどのメイドさんと対戦できるか、写真パネルを見て選ぶことができる。ゲームに勝利するとプレゼントがもらえるシステムだという。

よし、きみに決めた。Gちゃん(仮名)。むかしふられた女の子と同じ名前だ。

 

メイドのGちゃんは俺が付き合ってたGちゃんと違って小柄な黒髪ストレートだが、よくしゃべる笑顔のかわいい子だ。

 

黒ひげ危機一髪みたいなゲームをやったら、Gちゃんは弱すぎてあっさり勝利。

「あれえ、おかしいなあ」と言いながら、プクッとほっぺを膨らませるGちゃん。

この湧きあがる気持ちは、きっと初恋に似ている。

 

 

ゲームに勝ったので、特別なガチャガチャを1回引けるという。

ガチャガチャの隣には、店のロゴ入り消しゴムとかのグッズが置いてあったので、こういうのが当たるということなんだろう。

 

 

ガチャリとハンドルを回して出てきたカプセルの中に入っていた1枚の紙には、こんな感じの文言が書かれていた。

「ソロチェキor2ショットチェキ」

 

???

チェキってなんだ??

 

 

「ご主人さま、すごーい!これめっちゃレアなやつなんですよ!」

「え、そうなの」

 

 

そのあと聞いた説明を要約すると、だいたいこういうことである。

チェキというのはインスタントカメラで撮った写真のこと。

ソロチェキとはメイドさんが1人で写った写真のこと、2ショットチェキとはご主人さま(客)とメイドさんが2人で写った写真のことで、いずれかを選んで撮影して、その写真をもらえるとのこと。

できあがった写真にはメイドさんがイラストを描くなどしてデコレートしてくれる。

これはお金を払えば誰でもできるものの、ガチャガチャで当たった場合は通常よりも多くデコレートするので、これをやってもらうために何回も通ってガチャガチャを引くような常連がたくさんいる、とのこと。

 

こんな初めて来たような…じゃない、長い長い旅に出ていたような、チェキの価値もわからない人間が、そんな当たりを引いてしまい、常連の皆さんに土下座したい気持ちでいっぱいだった。

 

せっかくなので2ショットを撮ることに。

「じゃあ、Gちゃんの『G』ポーズを一緒にやりましょうか☆」

「なにそれ」

「左手をこうして、右手をこうしてみてください。それでこっちから見ると…」

「ほんとだ。『G』だ!すげー!」

 

 

なお、Gポーズのやり方はここには書かない。

俺の心の宝箱にしまっておく。

 

 

あっという間の約1時間。

「お家賃こちらになります」

 

家賃??

 

ああ、そうか。

ここは帰るべき家なのだ。

でも、だからといって、メイドさんが奉仕して、飲食も提供してるわけだから、お金を徴収しないわけにはいかない。しかし、ただの「お会計」ではここの世界観にそぐわない。

だからこその「お家賃」なのである。

細部にわたるこだわりには頭が下がるし、こうした積み重ねがご主人たちの心をとらえ、何回も通ってしまうんだろうということはちょっと理解できた。

 

 

「行ってらっしゃいませ、ご主人さま~」

 

見送るGちゃんに、俺は覚えたてのGポーズで応えると、Gちゃんははにかんで手を振ってくれた。好き。

 

 

 

2人で払った5千円にはなんの悔いもなかった。

店を出ると、最初に出会った少年がまた列に並んでいて、思わず二度見してしまった。まじかよ。

こうやって何度も通うことでメイドさんに顔を覚えてもらい、仲を深めていくということなのだろう。

少年の目はキラキラと輝いて見えた。

 

 

 

 

ほんとはこのあと、ガチャポン館に行ったり、AKB劇場に行ったり、アングラなライブハウスで地下アイドルのライブへ行ってガチのオタ芸を間近で見て圧倒されたりした話も書こうと思っていたのだけど、メイド喫茶のくだりで疲れてしまったので、これでおしまいにする。

 

 

最後に結論めいたことをいくつか。

 

・年配者の話を聞くことは大事

・メイド喫茶とガールズバーは別物

・世界はひろい

 

 

それを教えてくれたまち、ここは秋葉原。