いくべきか、いかざるべきか。それが問題だ。

荒々しく、そして神々しさすら覚える真っ白な景色を見つめながら、有名な古典劇にそんなセリフがあったことを思い出していた。

 

 

配偶者の実家に行くという行為は、世の中の多くの人間にとって気が進まないことだと思う。もっとはっきり言えば、苦痛でしかない。

「いやいや、わたしは妻(夫)の両親と大の仲良しです」という人がいるのだとすれば、前世でよほど徳を積んだ聖人君子か、嘘つきのどっちかだ。そうに決まってる。

 

 

俺の配偶者の両親が悪い人だということは決してない。

「自分の家だと思ってゆっくりしてね」ということも言ってくれる。

しかし、だ。ソファーにふんぞり返って横になり、鼻くそをほじりながら屁をかますわけにはいくまい。風呂上がりに息子とパンツ一丁で相撲をとるわけにもいくまい。

いや、普段の俺はBALENCIAGAの部屋着を着てBOSEの高級スピーカーでクラシックを聴きながらロマネコンティを片手にペルシャ猫をなでて過ごしているので、そんな下品なことはしてないけども、とにかく妻の実家でくつろげないことに変わりはない。滞在中は一貫して「良識ある夫」として振る舞わなければならないことがとにかく疲れる。

 

とはいえ、配偶者の実家に行くことは、仕事の長期休暇のたびに年に数回必ずやってくる。しかも厄介なことに、ここに至る対応を一歩誤ると夫婦仲に強烈なすきま風が吹き荒れる。実家という存在はそれほどに重たいのである。

 

 

妻の実家は車で4時間ほど離れた場所にある。

運転は最初から最後まで俺の仕事。俺としては冬道は事故の危険もあるし、そんな長い時間かけてまで行きたくない。

しかし妻が「帰りたい」と言えば「そうだね。じゃあ準備しよっか」とにっこり応えるのが家庭円満の秘訣である。

 

 

出発から30分。文字通り、雲行きが怪しくなってきた。怪しくなってきたというか、吹雪だ。自宅のあるまちと、妻の実家のあるまちの天気予報はくもりだったはずだが、なにか大切なことを見落とした気がする。

 

さらに、高速道路上の電光掲示が追い打ちをかける。

「この先@@~@@まで通行止め」

 

ふむ。

これは高速を途中で降りて、一般道で向かうしかない。片道5時間コースだ。

 

 

高速を降りたはいいが、天候が回復する気配はまったくない。

調べると、自宅~妻実家のあいだで大雪が降っていることがわかった。出発地と到着地の天気予報しか確認しなかった自分の愚かさを呪った。ついでに、高速道路を管理するネクスコ東日本はこの日、大雪警戒で不要不急の外出をしないよう呼びかけていたこともわかった。

 

 

吹雪で視界が前方5メートルくらいしかなく、信号のライトが見えない。

北海道はブラックアウトも起きるし、ホワイトアウトも起きる。

 

少しでも前が見えるよう、ハンドルに体をへばりつけて前のめりになってノロノロ運転を続けるが、吹雪はひどくなる一方。前後不覚に陥って路肩に突っ込むか、関越道のように立ち往生するか。そんな悪い予感しかしない。

 

とりあえずいったん止まって深呼吸をしよう。そして10秒だけ神に祈ってみよう。

・・・。状況はなにも変わらない。

いくべきか、いかざるべきか。それが問題だ。

 

 

 

「前進!」

そのとき、聞いたこともない山田少佐の声が頭の中に響いた気がした。

 

山田少佐というのは、八甲田山雪中行軍遭難事件をモデルにした小説の登場人物。

この事件をざっくり説明すると、寒冷地に慣れたロシア軍の侵攻に備えて、日本軍が真冬の八甲田山に行って帰ってくるという訓練をやったところ、準備不足と指揮系統の混乱などで参加した210人のうち199人が死亡した、というトンデモ話だ。

史実かどうかはともかく、この遭難事件は小説を読む限り、何度か途中で引き返すという選択をできた場面があったにもかかわらず、山田少佐がイケイケドンドンで任務遂行にこだわったことが参加者ほぼ全滅という悲惨な結果を生んでしまったように思う。そして、このままだとヤバイと認識しつつ、少佐の独断を止めることができなかった中隊長の神田大尉にも責任がある。

 

 

「前進!」「前進!」

真っ白な景色の中から、山田少佐、さらにはとにかく実家に帰りたい妻の声なき声が確かに聞こえる。

 

「いいのか、それで」

大勢の部下を死なせた責任を感じて失意のまま死んでいった神田大尉の声も聞こえる。

 

 

いいはずがない。

妻の実家なんぞいつだって行ける。命より大事なものなんてないんだ。

そうだ。俺は神田大尉にはならない。いや、なってはならぬのだ。それが八甲田山の教訓であろう。俺は決めたぞ。神田大尉よ、勇気を貸してくれ。

 

 

「引き返すぞ、いいな?」

神田大尉よ、俺は言ったぞ。自分の言葉で未来を変えてみせたぞ。

 

 

 

 

 

「わたしはよげんしゃです」

主義信条があるわけではないのだけど、家から近いというだけの理由で息子はキリスト教系の幼稚園に通っている。ここではクリスマスはキリスト誕生の演劇を行うのが恒例で、息子は予言者の「イザヤ」を演じることになった。

よくわからないけど、息子から聞くところによると、イザヤはマリアが身ごもって、その子どもが世界の救い主となるということを予言した人物らしい。

 

息子に伝えたいことがある。

神様はいるかもしれないし、いないかもしれない。

もしいたとしても、神様はかなり気まぐれだし、世界中の人を救わなくちゃいけないから忙しい。車の中で吹雪がやむよう祈ってみても叶わなかったように、願い事をしたとしても手が回らなくて叶えてくれないかもしれない。

だから、自分の道は自分で切り拓くんだ。引き返すことを恐れるな。

自分の人生の救い主になれるのは、自分だけだ。

神様よりも、信じるべきは自分なのだ、と。

 

 

 

 

 

 

「引き返すぞ、いいな?」

次の瞬間、妻のまさかの言葉に俺は凍り付いた。

 

 

「ねえ、じゃあ次はいつ行けるの」

 

 

 

 

貴様にはこの猛吹雪が目に入ってないのか?

次いつ行ける、じゃなくて、今なんだよ。

いまこの瞬間、無事に家に帰れるかどうかの瀬戸際なんだよ。

ここから神経をすり減らしてぎりぎりの安全運転をして、やっと家に帰れるかどうかの死線に立ってるんだよ。

貴様はなんでもう家に帰ったつもりでいるんだよ。

後部座席でスマホゲームやってないで代わりに運転してみろよ。

 

 

それらの言葉が妻の耳に届くことはなく、すべて白銀世界に消えていった。

俺は「次のことは家帰って手帳確認してからね~」と軽い口調で言い、再びハンドルを握った。

神田大尉よ、俺の代わりにこの愚妻を軍刀で叩き斬ってくれないか。

 

 

いつか必ずやってくる「その日」は、まだ先のことだと思っていた。

東京が大地震に見舞われる日が来ると言われているのと同じように、「いつか」は「いつか」のまま、ずっとこの日常がさらさら続いていくんじゃないかとすら思っていた。

でも、そんなことはなかったんだな。

 

 

 

俺の実家には、不思議な風習がいくつもある。

その一つは祖父のことを「おじちゃ」と呼ぶことだ。

おじいちゃんでも、じっちゃんでもなく、おじちゃ。最後の「ん」がなぜ省略されたのかは知らない。少なくとも俺が物心ついたころ、祖父はすでに「おじちゃ」だった。発音する時は「お」と「じ」の間に小さい「ん」、最後に小さい「つ」をつけて「お(ん)じちゃっ」とするのが我が家の流儀である。

 

どうやら「おじちゃ」という呼び方はスタンダードではないらしい、ということに気づいたのは小学校高学年のこと。家族のことをテーマにした作文を書く機会があり、俺は大好きな祖父のことを書いた。

ただ祖父を「祖父」と書くと他人みたいな感じがして嫌だったので、ふだん呼んでいるように「おじちゃ」と書くことにした。「おじいちゃん」という言葉があることはもちろん知っていたけど、自分の家で使っている「おじちゃ」という呼び方もそれなりに市民権を得た呼称だと信じていたので、奇をてらったつもりもなかった。

 

「ぼくのおじちゃはお米とりんごと野菜をつくっています」

「おじちゃはとてもやさしいです」

「おじちゃは温泉にいくのがすきです」

 

作文には、たぶんこんな感じのことを書いて提出した。

しかし先生から返ってきた作文には予想外のことが書いてあった。

 

「おじちゃ」の部分に赤丸。「いい呼び方だね」

 

え、みんな「おじちゃ」って呼んでないの・・・?

驚きと戸惑いと、少しの恥ずかしさを感じたのを覚えている。

 

 

 

小さいころ、おじちゃとはよく温泉に行った。

背中をアカスリでごしごしこするのが俺の仕事だ。

20歳すぎのころ戦争に行っているおじちゃの大きな背中。

「もっと強ぐ」「このぐらい?」「もっと」「このぐらい?」「んだ」

おじちゃの背中には豆粒くらいの大きさの柔らかいイボがあって、背中をこすっているうちにそのイボがとれておじちゃに痛い思いをさせちゃうんじゃないかと心配して、背中をこするときは少し緊張していたのを覚えている。

 

 

出かけるときは、もちろんおじちゃが車を運転する。

おじちゃはマニュアル車しか乗らなかった。

むかし乗っていたのは、アメリカ映画に出てきそうな青いピックアップトラック。荷台が大きく、農作業に使う機械などを運ぶのに便利だったのだろう。取っ手をグルグル回して開けるタイプの窓が、少年時代の俺にはカッコよく思えた。

そして、運転するときは1速でこれでもかと言うほどふかすのがおじちゃ流だ。

ふつうの人が車を発進してギアを1速から2速に入れるタイミングが「ファーーン、ガチャ」だとすると、おじちゃは「ファアアアアアアアアアアン、ガチャ」くらいの違いがある。1速の時間が長いだけでなく、1速のままアクセルを思いっきり踏むので甲高いエンジン音が鳴り響く。なので、おじちゃの車は走り始めがやたらうるさい。とはいえ、当時はおじちゃのドライビングに問題があると思うわけもなく、おじちゃの車はそういう仕様なんだろうな、と受け入れていた。おじちゃふかしすぎ説に気づいたのは、大学生になって教習所で初めてマニュアル車を自分で運転するようになってからだった。

 

 

温泉だけでなく、魚取りにもよく連れて行ってくれた。

おじちゃの魚取りは大胆だった。

狙いは貯水池の近くを流れる用水路。地面に突き刺さった赤いハンドルのようなものをぐるぐる回してしばらくすると、水路の水位がぐんぐん下がる。水路の下流側に網を設置して、おじちゃ自身は上流側からばしゃばしゃと水を蹴りながら進んで魚を追い立て、逃げた魚が下流の網にかかる、という寸法だ。赤いハンドルをいじる権利がおじちゃにあったのかは不明ながら、このやり方でヤマメやカジカがよく捕れた。そういう日の晩ご飯は川魚の塩焼きで、俺は小さいけれどたんぱくで身がしっかりしたカジカが好きだった。

おじちゃは「ジャッコはめぐね(まずい)」と言いながらジャッコをリリースしていた。ジャッコというのはウグイのことで、漢字では「雑魚」と書くらしい。

 

 

いつごろからか、おじちゃのトラックは緑のワンボックスカーに変わった。

ちょうどそのころ、近くのまちのサラ金で放火殺人事件があり、犯人が逃走していた。

しばらくすると「犯人は緑のワンボックスカーで現場から逃走した」という目撃情報が流れ、「おじちゃのとこにも警察来るんでねえか」と家族で冗談を言い合っていたら、そのうち本当に警察が車を見に来たそうだ。

「ワンボックスカーの初速は静かだった」という目撃情報があったかは知らないけど、おじちゃは警察に事情を聞かれることもなく、犯人はそのうち捕まった。

高校時代はJRで通学していたので、甲高いエンジン音とともに緑の車でよく駅まで送ってもらった。

 

 

高校のころは冬の早朝、おじちゃの部屋によく行った。

我が家はほとんど山の中みたいな雪深い場所にあることに加え、家がぼろすぎて冬が死ぬほど寒い。俺は少し離れた高校に通うために朝7時に家を出るので、6時半には起きなければいけなかった。しかし6時半だとほかの家族が誰も起きていない日もあり、そうなるとリビングが文字通り凍っている。

両親はストーブの「おはようタイマー」をなぜか頑なに使おうとしなかったので、スイッチを入れて部屋があたたまるまで20分はかかる。自分の4畳半の部屋にはあたたまるまで1時間かかる年季の入った電気ストーブしかない。寒い。でも着替えなどの準備をしないといけない。そういう時はおじちゃの部屋に逃げ込む。

おじちゃは毎朝6時にストーブのおはようタイマーを設定して眠りにつくので、極寒の家で唯一のオアシスだった。ストーブにへばりつき、制服に着替え、歯磨きをして、ドライヤー代わりにストーブの送風口に頭を近づけて寝癖を直す(うちにはドライヤーもなかった)。おじちゃはそんな俺をいつも見守ってくれた。

 

 

俺のことを唯一「ゆう」と呼ぶおじちゃ。

相撲中継を見るのが好きだったおじちゃ。

「しゃぶしゃぶ」のことは何回教えても「ちゃぶちゃぶ」と呼んでいたおじちゃ。

バイクに乗って帰省したら「かっこいいな」と笑ってくれたおじちゃ。

「就職したら家の風呂を泡風呂にしてけろじゃー」と言っていたおじちゃ。

 

 

もう会えなくなってしまった。

98歳。いつ何が起きてもおかしくない年齢だとは思っていた。

でも、100歳までは生きるんじゃないかとも思っていた。自分ではどうしようもできない事情もあって、ここ10年ほどは数えるほどしか会えていないことの言い訳に、「まだ時間はある」と思い込もうとしていたのかもしれない。

それでも、「その日」は来てしまった。

 

 

もっといろんなことをやりたかった。

家に泡風呂をつけていたら「あずましいなぁ」って言ってくれただろうか。

戦争の話も聞いてみたかった。お国のために、ってどういうことだったんだろう。

俺が生まれてすぐに亡くなったおばちゃってどんな人だったのって聞けばよかった。

俺の奥さんはガチャピンみたいな見た目だけど、カレーライスといくらのしょうゆ漬けを作るのが上手なんだよって話してあげればよかった。

俺の子どもたちにも魚取りを教えてほしかった。

もっと「おじちゃ」って呼びたかった。

 

 

失って大切さに気づく、という愚行を俺は何回繰り返すのだろう。

そのたびに、もう繰り返さない、と誓うはずなのに。

またひとつ、後悔が増えてしまった。

 

 

出会いと別れは裏表だ。出会った人とは、離別か死別か、いずれにせよいつか別れる。

別れの日は30年後かもしれないけど、きょうかもしれない。

後悔しないためには、いま隣にいる人を精いっぱい大切にするしかない。

 

 

いまはただ、安らかな眠りを祈ろう。

さよなら、おじちゃ。

未来人とか生まれ変わりとかを信じているわけじゃないし、どちらかといえば非現実的だとすら思う。アリナシで言えばナシ派。でも、あったら面白いよな、あったらいいな、という気持ちはある。

だからなのだろう。今の生活を選んだ理由を考えると、贖罪、もしくは修行、という言葉がしっくり来るような気がしている。

 

 

少し前から育休を取得している。

育休というのは、俺は仕事よりもいましか見ることができない子どもの成長としっかり向き合いたいんです、欧米では男性の育休がごく一般的なのに対して日本人男性の取得率を知ってますか?10%以下ですよ、俺は育児は女性だけがやればいいという前時代的な考えには与しません、この少子化の現代だからこそ親は子どもと過ごす時間をもっと増やすべきです、それが豊かな社会への一歩だと俺は信じています、キャーかっこいい!イクメン!抱いて!(プッシャアァァ)、というアレのことである。

 

育休をとるにあたって、こうした思いを少なからず持っていたことは否定しない。でもそれはあくまで大義名分。仕事もデキるのに育児も出来ちゃう俺スゲー!というほかの父親連中へのマウンティング的虚栄心とか、仕事を10年続けてみて「だいたいのことはわかったし、上司はだいたいクソだし、なんだかちょっと飽きてきた」という思いが強くなってきたこととか、松岡茉優似の幼稚園の美人保育士に尊敬のまなざしを向けられたいとか、書店で料理本を買おうと手を伸ばしたら同じタイミングでその本を手に取ろうとしていた吉岡里帆似の美人学生と手が触れあって「ああ失礼、どうぞお嬢さん」「いえいえどうぞ」「料理されるんですか?」「いえ、一人暮らしを始めたばかりなのでこれから勉強したいなって」「それは素晴らしい心がけです。料理がんばってください」「これもなにかの縁なので、よかったらうちで料理の味見してもらえませんか」みたいなことが起きねえかな、とかとか、しょうもない理由も少なからずある。

 

それらしょうもない理由の中で、最も大きいものは「埋め合わせ」だ。

なんの埋め合わせか。それは「恥」だ。

太宰風に言えば、俺はこれまで恥の多い人生を送ってきたと思っていて、恥というのは自分が死んで、天国に行くか、地獄に落ちるか、という閻魔大王の審判を受けるときに地獄行きの加点になる行いだと俺は勝手に定義している。

アリを踏んで死なせたとか、いじめっ子に加担したとか、バイト先でジュースを無断で飲みまくったとか、家庭を顧みなかったとか、数え切れないほどの女の子を泣かせてしまったとか、大小の咎が俺の人生には刻まれている。

育休をとったところでそれがナシになるわけでも何でもないけれど、なんとなく天国行き1ポイント獲得というか、魂がちょっと浄化されるような気がしている。

 

なので、育休取得をもって「愛妻家だねえ」とか「子ども好きなんだね」と言われると、申し訳なさと違和感を覚えてしまう。もちろん相手はほめてくれているのだろうし悪い気もしないけれど、俺は育休が自己犠牲や利他だとはあまり思わないし、自分勝手でさえあると思うし、別にそれでいいんじゃないかと思う。

 

 

 

 

生後間もない息子は最近、布団に転がったまま手招きをするような動作を盛んにしている。

その動作は、おそらく反射と呼ばれるもので、たぶん意味なんてない。

でも、もしかしたらもしかして、新生児という意思伝達の手段をほとんど持たない存在ながらも、精一杯なにかを伝えようとしているのではないか。

 

とすれば、こういう可能性はないだろうか。

ある未来人が気候変動による地球消滅の危機を救うために、時間を遡ってこの時代にやってきた。タイムリープには成功したが、赤ちゃんに転生してしまった。それでもこの愛する地球のために、身近な人類(つまり俺)にメッセージを送り続ける。ぼくたちのを守って、と。

 

赤ちゃんの規則性のない動きが地球を救うメッセージだと思うと、手招きの動きだけでなく、俺の二の腕をカリカリと爪でひっかき続ける動きや、「ふぎぁあ」という寝言、唇からこぼれるミルクの筋さえも意味のあるものに思えてきて面白い。

 

さらに俺は思考を進め、恐るべき可能性に思い当たる。

我が息子に転生した未来人というのは、赤の他人ではなく、未来の「俺」なのではないか。

つまり、時空を超えて俺が俺に助けを求めにやってきた、と。

これはもはやロマンだ。俺の願い、俺に届け。

 

「ゲンパツダメ」

「テアライウガイシロ」

「レジブクロツカウナ」

 

未来の俺が託したのは、どんなメッセージなのだろう。

でも未来から来た人が過去を変えることはできない。歴史を変えてしまったら時間犯罪を取り締まるタイムパトロールに捕まってしまうからだ。ドラえもんの映画「新恐竜」で見たから間違いない。

だとすれば、未来から来た俺は、なにを伝えるためにやって来たんだろう。

 

 

あるコミックバンドの曲に、未来から来た男を歌った歌がある。

未来から来た男・フューちゃんは「未来を変えちゃダメだからなんにもしてあげらんないけど」としながらも、こんなことを言う。

 

「このまんまで大丈夫だよって伝えにきたんだよ」

 

 

息子はミルクを飲み終えて「げふぅ」と小さくげっぷをすると、すぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てる。

それは命という名の未来そのものに思えた。