大学生のころ、友だちがこんなことを言っていた。

「大人になったら仕事して金は稼げるけど、そのぶん自由に使える時間はなくなるだろう。だから、俺はこの自由な身分のままで、いますぐ大金がほしい」

 

「なんて強欲なやつ」と当時は思った覚えがある。

でも、実際に社会人になって10年以上経って思うのは「この友だちの言っていたことは半分は正しかったな」ということ。

あとの半分は、「大人になって失うものは自由な時間だけではない」ということだ。

 

 

 

俺はいま有り余るほどの金を持っているわけではないけど、昼ごはんに毎日食べたいものを食べ、仕事帰りに食べたいときにコンビニでプリンを買っても生活に困窮しない程度の稼ぎはある。

ただ、かつては毎日のように書いていたブログの更新頻度が年数回に減ってしまっていることからもわかるように、時間がない。まったくないわけではないが、1日24時間から仕事と家族のために使う時間、睡眠に充てたい時間を引くとわずかしか残らない。こんなことを書くと「幼い子を持つ母親はもっと自分の時間がないのよ」と怒られそうなので控えめにしておくが、誰のためでもない、自分だけの時間が足りない。

 

ふむ。ないならつくればいい。

そんなわけで、家族が寝静まってから、睡眠時間を削って夜な夜なAmazonプライムで映画やドラマを観ることにした。ふだんは秒単位で億単位の金を右から左に動かす仕事をしているので、日々の生活に欠けているのは心のときめきだ。

 

「愛がなんだ」

浦安鉄筋家族の実写ドラマでのさくら役の演技が良かった岸井ゆきの主演で、恋愛脳の若い女性をうまく表現している。相手役の成田凌がいい感じのクズっぷりで、おれに引けをとらないイケメン。風呂でじゃれるシーンが超いい

 

 

「ちょっと思い出しただけ」

舞台ダンサー役の池松壮亮とタクシードライバー役の伊藤沙莉のかけ合いがいい。夢を諦めきれない男と、そんな彼を支えたい女の話。ある1日を1年ずつむかしに遡っていくというちょっと変わった構成。お笑い芸人ニューヨーク屋敷の軽さもいい。クリープハイプ尾崎の「exダーリン」の弾き語りが流れるシーンは涙なしに見られない。すぐに2回目を見たくなる映画

 

 

「明け方の若者たち」

北村匠海と黒島結菜の新社会人感がいい。明大前のクジラ公園に行ってコンビニで買ったハイボールを飲みたくなる。「こんなあざとい女いねぇから!」と画面に悪態をつきながらも、完全に黒島結菜の虜になってしまう映画。女性側の視点から描いたスピンオフ作品には「愛がなんだ」にも出演している若葉竜也が出てきて、「愛がなんだ」のナカハラがこうなった、と勝手に想像しながら見ると感慨深い

 

 

「モアザンワーズ」

全10回の青春群像劇ドラマ。予告編で男同士がキスしてて、うひゃーなんじゃこりゃ、と思いつつ見てみたところ、最初は「お前もゲイかよ!」とか突っ込んでいたのに、いつの間にかしっかり感情移入。青木柚の演技すごい。男性同士の若いカップルが家族にカミングアウトしたところ、父親に交際を反対され、2人を思う親友の女の子が「私が2人の子を産む」と言い出して・・というストーリー。主題歌が3話くらいずつ変わっていくんだが、第8話で流れるくるりの曲が超いい。この曲のPVに出てくる小松菜奈は、美枝子に電話をかける大人になった榊だと思う。

 

 

 

大人になって自由な時間とともに失うものは、こういうどうでもいい話をできる友だちの存在だと思う。友だち自体がいなくなってしまうわけじゃないけど、みんなそれぞれ仕事や子育てに忙しい。たまには損得も上下の関係もないひととバカ話でもしたい。

 

 

ちなみにおれは友だちとつながっているLINEが諸事情で1年前くらいから使えなくなってしまいました。(アップデートをさぼっていたら起動しなくなった)

このブログ愛読者のなかに「また一緒にどうでもいい話しようぜ」ってひとがいたら、ショートメールかEメールください。電話番号もメールアドレスも高校時代から変わっていないので。

 

 

 

「746さん、文字おこし、しなくていいんですか?」

いたずらっぽく笑う後輩に「俺があと10歳若かったら今ので好きになってたよ」と言うのはやめておいた。

 

 

 

自分で言うのもなんだが、俺は人にものを教えることにあまり向いていない。学校の先生になるのも一興かと思って大学に進学し、教育概論とかの講義も聴いていたはずなのに、だ。

 

控えめに言って俺はとっても優秀なので、これまで何人もの後輩の教育係を務めてきた。しかし、記憶にあるだけでそのうち3人は退職し、1人は休職した。

強調しておきたいのは、後輩たちが退職や休職したのはすべて俺の手を離れたあと、ということだ。俺のフォローを受けながらの数カ月間は、どの後輩もそれなりの充実感を持って働いていたように思う。そして、最後にはみんな決まってこんなことを言った。

「746さんが先生でよかったです」

 

 

だが、それから数年内に多くの後輩が会社を去った。

なぜだ。労働の厳しさや喜び、社会の仕組み、アホな上司の見分け方、人生の悲哀、感情の機微、命の儚さ、愛の素晴らしさ、お金との付き合い方…。すべて教えたのに。ちなみに上司がアホかどうかは、話の途中で「要するに」って何回も言うかどうかで見分けます。

 

 

「お前、アイツになに教えてたんだ?」

ある時、俺との教育期間が終わった新人が配属された部署の先輩にこう言われた。

いやそれは愛の素晴らしさとか…と説明する前に、その先輩は「アイツはあれもこれもそれも基本的なことができてない」と言った。

俺は愕然とした。あれもこれもそれも、基礎として当然教えたつもりだった。しかし、つもりだっただけで、実際には後輩の身についていなかったのだ。打てど響かずとはこういうことか。その後輩はその後、改めてみっちり基礎からたたき込まれたそうだ。ちなみにその後輩はいまも働いている。

 

 

よく考えてみると、思い当たるフシがないわけではなかった。

一言で言うと、俺はすぐ助け舟を出してしまうのだ。

後輩がなにかの仕事につっかかっているとしよう。

 

俺「ん、どした」

後輩「ちょっとこれがわかんなくて…」

「それはあーでこーで、これをこうすれば解決」

「なるほど~」

 

 

万事がこんな感じだったような気がする。

これが繰り返されるとどうなるか。なんとなく仕事の形はできあがるし、後輩はなんとなくわかったような気分になる。ただ、実態はほとんど俺がプロデュースしたものを後輩はなぞっただけで、後輩が自分の力でなしとげたものではない。

その結果、俺というお守りなしには仕事ができない人材が量産されてしまったようだ。

 

「もっとほっといて、本人がやれるとこまでやらせりゃいいじゃん」とよく言われるのだけど、俺にはこれがなかなかできない。なぜと聞かれてもうまく答えられない。後輩の困ってるところを見たくないのか、後輩にいいところを見せて尊敬されたいのか、俺がマザーテレサの生まれ変わりなのか、自分が若手のころにもっと構ってほしかったという気持ちの裏返しなのか。いずれにしても、たぶん手を出しすぎてしまっている。

 

 

話を現在に戻そう。

いまの職場で新入社員の指導役をやるようになって、もうすぐ1年が経つ。

新人は大学を出たてで、一人暮らしも初めて。資料の散らかった自席で昼食にはカップスープを飲んでいる華奢な女の子だ。

 

入社当時はいつも不安そうだった。

「わ・・・かりました」と自信なさげに返事をする姿を何度も見た。

 

 

俺は教育係に向いていないことをようやく自覚したとは言え、教え方が大きく変わったわけではなかった。ただ、教育係であらねばならない、というような気負いをあまりしなくなった。だってどうせ俺が教えても身につかないし。それなら、もう俺の好きなようにやればいいや~という諦めの境地である。

 

 

 

新人は寒い日には3メートルくらいありそうなマフラーを首にぐるぐるに巻いてやってくる。

 

「そのヘビどこで捕まえたの」

「え、なんですか」

「その首に巻いてるヘビ」

「ヘビ? あ、マフラーのことですか? ヘビって、イーヒッヒッヒ」

 

新人は爆笑すると魔女みたいな笑い方をする子だった。

 

 

そんなこんなで1年近く経ち、職場のエラい人が退職することになり、送別会のようなものが開かれることになった。こういうご時世なので飲食はないものの、エラい人のあいさつを聞くために広くない会議室に20人くらいが集まった。密じゃねえか。

 

俺は新人にささやく。

「きょう司会だよな? 『感染防止のために急きょオンライン開催に変更します』って言え」「エラい人のあいさつ、あとで一言一句正確に文字おこししとけよ」

新人はちょっとだけ魔女みたいに笑った。

 

 

定年退職するエラい人は、涙混じりに数十年の会社生活への感謝などを述べた。

終わったあと、皮肉屋の後輩男に「なんの涙だったんだろうな」と聞いたら、「ブラック企業から脱出できるうれし涙じゃないっすか」と言っていた。

新人に「いやー、スバラシイあいさつだったな」と声を掛けると、新人はこう言った。

 

「746さん、文字おこし、しなくていいんですか?」

 

 

この1年で、新人が俺に「いじり」をかましてきたのは、おそらくこれが初めてだった。

いたずらっぽく笑う新人に、俺は「よーし、じゃあ手分けしてやるかあ」と答えた。

 

 

もうすぐ次の新人が入ってくれば、魔女みたいに笑う新人は新人じゃなくなって、俺の元を離れていくだろう。

でも、この子ならきっと大丈夫。

 

 

初めてそう思えたことが、少しだけうれしかった。

 

 

 

北国とは思えない暑さの出張先で、斉藤和義の「真夜中のプール」という曲を繰り返し聞いている。

「あの日描いた未来とは何か少し違ってるけど、それが時の流れ」

優しい歌声は、あのころに囚われたままの心をたしなめているようにも、肯定しているようにも聞こえる。

 

 

 

どうやら俺は5年に1回くらいのペースで「思い出の場所を巡りたい」という発作に見舞われる持病を持っているようだ。

今回は出張の合間に発病してしまい、やむにやまれず足を運ぶことにした。

 

 

まず向かったのは学生街。

このアパートにはよっしーが住んでたなあ。マックスバリュでお酒を買って遊びにいったなあ。エレベーターにはなぜかタレントの見栄晴への悪口がたくさん書いてあったなあ。

 

300円でカレーを腹一杯食べることができたリトルスプーンはもうないんだなあ。

 

初めてAVを借りたのはここのゲオだったなあ。

 

歌屋はまだあるんだなあ。朝までカラオケしたなあ。ゴイステやモンパチやRADを歌ってたんだっけな。ビリヤードを覚えたのもここだったなあ。店員と勝負して勝って飲むコロナビールはうまかったなあ。夜に店に入って、明るくなってから店を出たときの不思議な感覚を味わうことはもうなさそうだなあ。

 

よっしーがバイトしてたサンクスは今はファミマなんだなあ。真冬に酔っ払って裸足で買い物に行ったなあ。200円のフルーツゼリーをよく買ったなあ。

 

俺が住んでたレオパレスはだいぶ古ぼけて見えるなあ。当時は新しく見えたんだけどなあ。鍵は小判みたいな形だったなあ。夏場はサウナくらい暑かったなあ。粗大ゴミで捨てられてたソファーを拾ったなあ。壁が薄くて隣の部屋のトイレを流す音が聞こえたなあ。誰かの誕生日パーティーをしたとき、ケーキのろうそくの炎が下に敷いていたホットペッパーに燃え移って火事になりかけたなあ。ベッドの上の小さい棚にジャックオーランタンの顔をしたポーチを置いて、そのなかにコンドームを入れてたけどここに住んでる間に使う日は来なかった上に友だちに見つかって恥ずかしかったなあ。友だちとAV鑑賞しながら「同級生の@@ちゃんに似てる!」とかゲスな話をして盛り上がったし、俺が父親とケンカしてしょげてる時は励ましてくれたなあ。ロフトベットの下に泊まっていった友だちはみんな喉を痛めてたなあ。そして友だちを泊めた日の朝に限って、二度寝してホテルの朝食バイトに寝坊して怒られたなあ。

 

引っ越し先のピンクの壁のマンションもだいぶくすんでるなあ。4階の部屋に初めて入るときは狸小路で買った1万6千円のギター1本だけ持っていったなあ。なにもない部屋に響くGコードの音はどんなメロディーより澄んで聞こえたなあ。部屋には蒼井優のカレンダーを貼ったなあ。メラゾーマコンロが活躍したのもこの部屋だったなあ。サイズが合わなくて本棚をクローゼットの中に斜めに入れていたら、それを見たよっしーは「本棚の死角にちっちゃいおっさんが暮らしてる」と言って笑ってたなあ。今も使ってる大きめ赤い椅子を買ったのもこの部屋に住んでるとき。自分の部屋に初めてカノジョが来たのもこのころで、この椅子に2人で重なって座ってイチャイチャするのは楽しかったなあ。後ろに座った俺がカノジョの腰に手を回してお腹をむにむにつまんでよく怒られたっけなあ。そんなとき俺の頭の中ではRADWIMPSの「いいんですか」って曲がずっと流れてたなあ。「ぐるりのこと」って映画を一緒に見て、「こういう夫婦になりたいよね」とか話し合ったっけなあ。まあそんな約束は残念ながら果たされないのが世の常よなあ。

 

男友達がフラれたときによく行った居酒屋はまだあってよかったなあ。ここで慣れない日本酒を飲んでべろべろになってカラオケいったなあ。また行きたいような、行きたくないような。

 

このアパートに住んでた友だちは同じアパートの上の階の女の子と付き合ってたんだよなあ。結婚すると思ってたけどなあ。2人とも元気かなあ。

 

 

大学構内。

ドヤ顔自転車両手放し運転マンはどの時代も存在するんだなあ。

構内に生えているポプラは初夏に白い綿毛が舞って、季節外れの雪を見ているみたいで好きだったなあ。

芝生では炭をおこしてブルーシートを敷いてジンギスカンパーティーをよくやったなあ。俺は調子に乗ってバク転を見せてたなあ。いまは限られた場所でしか火を使えないなんて時代は変わったなあ。

大学祭のときに人通りの少ないこの道を女の子と並んで歩きながら告白したなあ。OKをもらった俺は完全に舞い上がってたなあ。そんな幸せは打ち上げ花火くらいの超スピードで終わってしまい、俺は「宇宙の真理を悟った」「人間の本質は孤独だ」とか感情を失った表情で話すようになって周囲を心配させていたっけなあ。

 

 

ドニチカキップを買って地下鉄の終点駅へ。ドニチカは500円だったはずだけど、いつから520円になったんだろう。

この水族館はカノジョとデートで来たなあ。相変わらず古ぼけてるけど味わい深いんだよなあ。アザラシが狭い水槽をずーっと行ったり来たりしてるのを見て「ずーっと見てられそうだね」って笑い合ったなあ。デンキウナギが放電すると、びびーと音が鳴って水槽の電気がつくのも見たっけなあ。まさに「君と書いて恋と読んで、僕と書いて愛と読もう」のふたりごと状態でしたなあ。

 

 

 

呪術廻戦で言えば、獄門疆であっという間に封印されるレベルで思い出が駆け巡る。

ホテルに戻る地下鉄で、渋沢栄一の本を手に取る。

渋沢は言う。「人には、年寄りだとか若いとかに関係なく、誰でも私のように『これだけは譲れない』というところがぜひあって欲しい」と。

「人間はいかに人格が円満でも、どこかに角がなければならない」「あまり円いとかえって転びやすくなる」とも。

 

確かに年を重ねるごとに感情の起伏が乏しくなっている実感があり、それは人との衝突を避けることには役立つかもしれない。

しかし一方で人間的な面白みの部分でどうなのか、ということは常に疑問に感じていた。

 

自分に「これだけは譲れない」というものがあるのだとすれば、それは、過去を断ち切れない、忘れがたい、ということだろう。どれだけ未来に目を向けようとも、過去は亡霊、もしくは守護霊、もしくは幻影のように俺のそばを離れない。

 

そんなわけで、これからも哀愁を抱えて暮らしていこうと思った夏の日。