「パンはおすすめで、焼いてください。野菜は多め、ピクルスとオリーブをトッピングしてください。ドレッシングもおすすめでお願いします」
緑色の看板が特徴的なサンドイッチチェーン店。
わさびしょうゆドレッシングのかかったローストビーフ入りサンドイッチをかじっていると、「大人ぶってんじゃねーわ、けっ」という声が聞こえた気がした。
初見殺しというのは確かにこの世の中に存在する。初めて遭遇した人を混乱に陥れるトラップみたいなものであり、あの緑のサンドイッチ屋はその一味だと思う。
20歳前後だったと思うが、初めて利用したときのことは覚えている。
特に予備知識もなかったが、せっかくだから一回くらい使ってみるかぁ、たぶんマクドナルドみたいな感じだろう、くらいの気持ちだった。
「ローストビーフください」
「かしこまりました」
やっぱりマクドナルドと同じじゃないか。かんたんかんたん。
そう油断していた俺に、店員は予想外の一言を告げた。
「パンはどうしますか?」
パンはどうしますか・・? なにを言ってるんだ、こいつは。サンドイッチなのかホットドッグなのかわからんが、パンで挟んだものを売ってる店なんだから、客はパンを食べるに決まってるだろうが。それともこの店では「ローストビーフください。あ、パンはいらないです」とかいう客が多いのだろうか。だったらステーキ屋でも行けばいいんじゃなかろうか。
そんなことを0・2秒くらい考えてから、俺はこう答えた。
「あの、その・・パンはお願いします」
困惑顔の店員は、ショーケースに張られたメニューを示しながら「そちらの中でお好みはありますか」と言う。そこにはウィートだの、ハニーオーツだのという、ドラクエのモンスターの名前みたいな名前が並んでいた。
どうやらそれがパンの種類で、そのなかから選べということのようだ。
うむ、わからん。食パンとフランスパンの違いならわかるが、初めて聞いたものなのにどっちがいいかなんて突然聞かれて答えられるわけがない。銀河英雄伝説を見たことがない人に「ラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリー、どっちが好き?」と聞いても意味がないのと同じである(おれはどっちも好き)。とにかく「なんでもいいから普通のやつ食わしてくれ」という気持ちだった。
そんなことを考えて絶句している俺を見かねて、店員は「~~がおすすめです」と、ローストビーフに合うらしいおすすめのパンを紹介してくれた。「だったら最初からそうしてくれい」という気持ちでいっぱいである。
「それにしてください」と答えて、ほっとしたのもつかの間。試練はまだまだ終わらないのである。次に店員はこう告げる。
「パンは焼きますか?」
焼きますか、だと・・? 焼くに決まってるだろう。パンだぞ。焼かないとふにゃふにゃの生地の状態じゃないか。それともこの店では「あ、家に帰って焼いてから食べるんで生地のままでいいです」なんて客がいるんだろうか。俺は店内で食べるんだから、焼かないわけないじゃないか。というか、いまから焼いたらいったい焼き上がるまで何分かかるんだ。
そんなことを考えてまた絶句していると、店員はパンを見せながら「お好みはそれぞれですが、少しあたためるとカリカリになりますよ」と言う。ついでに店員からは「ははーん、さてはこいつ田舎者だな」という心の声が聞こえる。
「とととりあえず焼いてください」
俺はこう告げるのが精一杯である。
その後も、野菜の好みはあるかだの、ドレッシングはどれにするかだのを聞かれ、俺はそのたびにへどもどするしかなかった。
ようやく商品ができあがったころには、へとへとに疲れてしまい、どんな味だったのかまったく覚えていない。ただ、「二度と来るか!」と憤りの気持ちでいっぱいになったことは覚えている。
それから10年くらい経って、東京で暮らしていたころ。
職場の近くに例の緑のサンドイッチ屋があった。初めて利用したときの苦手意識は残っていたものの、いまこそ過去の自分を乗り越えるときだ、なにがあっても前の客と同じ注文をしよう、と心に決めて入店した。そこで俺は再び予想外の言葉に直面するのだった。
「あ、野菜多めで」
俺の前のサラリーマンは野菜を注文するタイミングで、なんでもないようにそんなことを店員に言った。そして、店員はサンドイッチが閉じないくらい野菜を盛っている。
なんだそれ。そんな注文ありなのか。メニューに「野菜多め」なんてのはたぶんなかったぞ。それとも、牛丼屋の「汁だく」的なメニューには載ってないサービスみたいなものなのだろうか。それとも、俺が見てなかっただけで、このサラリーマンは「野菜大盛り券」みたいなものを出した上でこうした注文をしたのだろうか。わからん。俺だって野菜たくさん食べたい。でも「野菜多めで」って注文して「大盛り券持ってますか? 持ってないならできません」とか言われたら、恥ずかしくて泣きながら逃げ出してしまいそうだ。
そんなことを考えているうちに自分の番がやってくる。
「野菜多めってできます・・?」
恐る恐るたずねる俺に、店員はなにごともないように「はーい」と答えて、野菜大盛りのサンドイッチをつくってくれた。もちろん料金は同じである。
あごが外れそうになるくらい大きな口を開けてサンドイッチをかみしめた。たっぷりの野菜をもぐもぐ食べながら、うまいじゃんか、と思った。
それから、緑のサンドイッチ屋は時々利用するようになった。
注文時に困惑することはもうない。
人生の折り返し地点というものを時々考えることがある。
もちろん人間は何年生きるかわからないので、正確な中間地点がいつなのかは死んでみないとわからない。俺があす死んじゃうならきょうは最晩年だし、100歳まで生きるならまだまだ序盤戦。自分が今どのあたりなのかはわからない。生き急いだ方がいいのか、そうじゃないのか。「とにかく一番一番です」とコメントする力士みたいに、毎日を悔いなく全力で生きるというのは性に合わないので、死んでしまう1年前になったら誰か教えてくれないかなぁ。信じていない神様にお願いしているけど、かなう気配はない。
歩んできた道のりを振り返って、これまでの半分ってあのあたりかぁと考えることもある。
そういう意味で、いまの俺は地元で暮らした時間と、地元を離れてからの時間が同じくらいになった。それらはきっと、大人になりたくないと思っていた18年と、早く大人になりたいと思っていた18年だった。
すっかり大人になった俺はサブウェイの注文でつまづくことはないし、たいていのことで動揺することはもうない。
知り合いからこんな連絡があった。
「●●と××が結婚するらしいよ」
ふーん、あの2人がねぇ。ふーん。そっかそっか・・。
男ってアホな生き物なので、むかし付き合っていた女性が今でも1%くらいは自分のことを好きでいてくれる、と信じていたいものだと思う。別に実際にそうじゃなくていいから、勝手にそう思わせておいてほしい。身勝手ってもんか、それは。というか、もっと早く言ってくれよな。いやいや、2人がただの知り合いの俺にそんなことを言う義理も必要もないな。なに考えてんだ俺は。でもこの心のざわつきは何なんだろう。
そんなことを考えていたら、地下鉄を乗り過ごしそうになった。
そんな俺を見て、きっと18歳の俺は「バカじゃねーの」と笑うだろう。