7.ファジーな答え
毎朝、看護師さんが巡回してきます。
体温、血圧、血中酸素濃度といったバイタルを測り、喀痰検査があるときは検体を集め、採血があればここで行ないます。
結核病棟なので薬を飲んだかのチェックはきっちりやります、なんとなれば朝食後に服用することが多いからです。
高齢者など服薬の自己管理が危ない患者さんにはこの時に薬を持ってきて、看護師さんの見ている目の前で服用させます。
またこの時、前日のトイレの回数を聞かれます。
私でしたら「小用が8回、便通が1回です」などと答えます。
「7の1」などと簡単に答える患者さんもいます。
それでですが、例えば私の向かいのベッドの高齢の患者さんはこのように仰います。
看護師さん 「トイレの回数は?」
患者さん 「そうだな、4,5回の1回かな」
小用が4回か5回のどちらかで通じが1回だった、と答えているわけですね。
看護師さんとしては小用の記録には4回か5回のいずれかを記さなければなりません。
気の短い看護師さんであれば「4,5回というのは4回ですか?5回ですか?」と聞きたくなりそうなものですが、そういう看護師さんはひとりも見たことがありません。
ハイハイという感じで4か5のいずれかの数字を入力しています。
このおじいさんはそもそもトイレの回数を数えていないものと思われます。
どちらでもいいけど、何となく4回か5回かそのあたり、という感覚なのでしょう。
加えて本能的にものごとをはっきりさせたくないという姿勢が感じられます。
4,5回とぼやかした上に、最後に「かな」を付けて、どうしても断定を避けたい気持ちが透けて見えるような気がします。
この老人は以前に記しましたかたくなにリハビリの同意書へのサインを渋り続けたという、まさにその方なのですね。
看護師さんも0回とか20回とか言われたら「これはたいへん」とばかりに問いただすのでしょうけど、4回だろうが5回だろうが大勢には影響がないので「4」とか「5」とか記録しているのでしょうね。
この手の人は意外に多くて何人か見ましたが、以前に書きました同意書の署名を渋るタイプの人に多いような気がします。