学生の頃は村上春樹の小説の世界に耽溺していました。また「集団と個」というテーマで ディスカッションを行う自主ゼミに夢中になりました。当時の私の迷える魂を引き受けて くれた大切な器でした。自分の居場所探し、これからの道を見つけるために真剣にものを 考えるための場ときっかけを私に与えてくれたものです。村上春樹の小説は今も読み続け ていますが、少なくとも私にとっては、かつてほどの輝きは失いつつあります(それでも しつこく読み続けるつもりだし、今も氏のインタビュー集を読んでいて、すごく面白いの ですが)。自主ゼミは、中心人物としてみんなをまとめていた先輩の卒業を機に求心力を 失い、その大切な場は自然消滅してしまいました。結果、今だに自分の道を見出せない 自分がいます。 現在、私の関心を最も引きつけているのはランドスケープ・プロダクツの中原さんです。 氏がデザインされる家具や小物、そしてセレクトされるプロダクトがとても魅力的だった のが事の始まりですが、よくよく氏の活動を追っていると、これがプロダクト・デザイナー (ディレクター?)の仕事?と思えるような活動を多々されており、この人はいったい何者 なんだ?という疑問から強く惹きつけられていきました。 その始まりはランドスケープ・プロダクツから「鹿児島は素晴らしい」という書籍が出版 された事でした。そのような書籍がインテリアを主な生業とした会社から出版されること に「なぜ?」という興味をもったのです。 その後、さらに氏の発言や活動を追ってみると、ようは「コミュニティ・デザイン」と 呼ばれているような活動を精力的にされていること、さらに発展して(?)恐らくスター ネットの馬場さんのような活動をしようとされているのかなという事が見えてきました。 何と言うか、現在の氏の活動に今後の自分の道を見出すヒントがあるような気がしていて とても強くランドスケープ・プロダクツに引きつけられているのだと思います。現在の私 の迷える魂を引き受けているのが中原さんなのです。 現在、なぜランドスケープ・プロダクツからかなり無理してまでモノを買い続けているのか という事についても、そういった事が影響している部分は否定できないと思います。そも そも昔からモノ自体が好きだという事もあるし、良いモノ好きなモノに囲まれて暮らしたい そういうモノに囲まれて暮らしていると少なからずの癒しがあるという事も事実ですが、 モノは身銭を切って買ってみないとその本当の良し悪しが分からないというのと同じで、 ランドスケープ・プロダクツからモノを買うことによって、少しでも氏に近づきたいとか、 少しでも氏が見ている風景を感じてみたいという事も、その動機のひとつとなっているの かと感じています。少なくとも現在の私にはランドスケープ・プロダクツからモノを買う 事、消費することが、最も簡単でしかもその唯一の手段のような気がしているのです。 私が今後築くべき、築きたいと考えている私自身の道は、私自身の実存と深く結びついて いなければならないと、これまでの反省から強く感じています。そして現時点では私の道 は、佐世保に帰ってお店を開くことから始まるのではないかと考えています。私は切り出 された仕事よりも、自分自身で全体に関わる仕事をしたいと考えていて、ランドスケープ ・プロダクツから学んだ少なからずの事を佐世保に紹介するという役割を担う。そして私 が紹介した事が受け入れられ、その事によって私自身も深く満たされるというストーリー です。もちろんそう簡単に話が進むはずがないのは理解していて、それには相当の努力が 必要なはずだし、結構な数の現実的な問題が立ちはだかる事でしょう。でも現在の私には これしか私の道の可能性が思いつかないのです。そしてこれはとても魅力的なストーリー のように感じています。
まだ実際には見ていないのですが、これは良いですね。欲し~い。
http://openers.jp/interior_exterior/new_products/shigekifujishiro1121.html?rp=cgytop
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高校を卒業して上京してからこれまで、何とか自分の居場所を見つけようとして、今だに
その課題を引きずったままである事に気付きました。しかも当時からほぼ何の進展もなしに。
小学校の頃に学校の先生になりたいと思い、高校の3年間のうちにその思いはすっかり
冷めた訳ですが(何で冷めてしまったのかはよく分かりません)、他に特にやりたい事も
思いつかずにそのまま学校の先生になるつもりで大学に入学。教員免許は取得しましたが
その程度の気持ちで採用試験に合格できる訳もなく不採用。当時就職氷河期で厳しい状況
の中必死に就職活動を頑張る同期を傍目に見ながらも、何の疑問も持たずに新卒の権利を
放棄しました。一切就職活動はしていません。恐らく、たとえ就職活動をして、万が一
どこかの企業に入れていたとしても、1年も経たないうちに辞めてしまっていただろうな
と思います。
本音は自分が食べていけるだけの収入があればいいやというところで、教員採用試験の
受験勉強をするという言い訳のもと、フリーター生活に入りました。当時既に今の嫁さん
と同棲していましたが、同棲するならちゃんと就職して結婚してもらわないと困るという
プレッシャーの中、私自身も今の嫁さんと結婚したかったので、それなりに努力(勉強)
してIT関係の会社に職を得ました。
その後、無事に結婚しましたが、義理の父親に認めてもらうにはやっぱり金(年収)だと
考え、少しでも収入を上げるべく努力(?)を重ね、そして現在に至ります。結果、子供も
産まれ、それなりに生活できるだけの収入を得ることができるようになりましたが、心を
病み、素敵な嫁さんと子供と一緒に生活できていますが、要は現在の私の居場所に常に
疑問を抱きながら生活しています。
私にとって社会の中に自分の居場所をつくるという事は、即ち自分の仕事を自分で創出
する事だという事に、今頃になってようやく気づくことができました。
最近の読書傾向からしてもそうですが、自分の課題をまだ自ら言語化できていなかった
だけで、ここ1年くらいは何とかその課題に立ち向かおうとしていたようです。TOEICの
受験が終わって、もう半年以上経ちますが、以降現在の職に繋がるような実践的な勉強は
ほとんどしていません。変わりに読書は続けています。今現在の興味を惹かれるタイトル
を探しては読書の鎖を繋いでいます。
藤原和博さんの「35歳の教科書」シリーズの最も簡潔な主張は、成長社会は既に終わり、
現在は「成熟社会」であると。成長社会にみんなで共有していた成功モデルは既に崩壊し、
これからの成熟社会では、いかに生きるかという道を自ら築き上げていかなければならないと。
西村佳哲さんの「自分の仕事をつくる」。タイトルそのものが現在の私の課題な訳です。
内容については、イマイチ論点がはっきりしませんでしたが。。。
そもそも現在の私が抱えるこの課題は、大学の頃、普通に就職する事を拒否した時に、
「それじゃあ、どうするんだ」という事に思い至らなければならなかった、取り組まな
ければならなかった課題ではあるのですが、現在のこの時点まで引きずったままにして
しまいました。私は普通に就職して、ウィークデイは普通に働いて、週末は自分の趣味や
家族との時間を楽しむという普通の生き方をできるような人間ではなかったのです。現在
フリーではあるけども、サラリーマン的な生活を送る中で全くやりがいを見出せないような
現場にいることは、ある意味では必然的な流れなのかも知れません。今これを機会に自分
の道について考えてみろと、そういう偶然ではあるが必然的な流れの中で現在のような
状況があるのかも知れません。
もう嫁も子供もいて中々思い切った事はできませんが、リスクを最小限に抑える計算を
しつつ、自分の仕事を自分で創出するという課題にそろそろ本気で取り組まなければ。
この1年間はそのための準備期間だったんだなと。
最近の私の興味関心はプロダクトデザインに傾倒していました。ここ最近の異常な物欲も
よくよく考えてみると、上記の自己実現の欲求に繋がっているような気がします(都合良
すぎかも)。
現在の私は、生まれ故郷である佐世保でクラフトを中心としたプロダクトのセレクトショップ
を開きたいと考えています。これは思いっきりランドスケープ・プロダクツの中原さんの
影響を受けたものです(直接交流がある訳ではないのですが)。次回は私とランドスケープ
プロダクツとの出会いについて書いてみたいと思います。
その課題を引きずったままである事に気付きました。しかも当時からほぼ何の進展もなしに。
小学校の頃に学校の先生になりたいと思い、高校の3年間のうちにその思いはすっかり
冷めた訳ですが(何で冷めてしまったのかはよく分かりません)、他に特にやりたい事も
思いつかずにそのまま学校の先生になるつもりで大学に入学。教員免許は取得しましたが
その程度の気持ちで採用試験に合格できる訳もなく不採用。当時就職氷河期で厳しい状況
の中必死に就職活動を頑張る同期を傍目に見ながらも、何の疑問も持たずに新卒の権利を
放棄しました。一切就職活動はしていません。恐らく、たとえ就職活動をして、万が一
どこかの企業に入れていたとしても、1年も経たないうちに辞めてしまっていただろうな
と思います。
本音は自分が食べていけるだけの収入があればいいやというところで、教員採用試験の
受験勉強をするという言い訳のもと、フリーター生活に入りました。当時既に今の嫁さん
と同棲していましたが、同棲するならちゃんと就職して結婚してもらわないと困るという
プレッシャーの中、私自身も今の嫁さんと結婚したかったので、それなりに努力(勉強)
してIT関係の会社に職を得ました。
その後、無事に結婚しましたが、義理の父親に認めてもらうにはやっぱり金(年収)だと
考え、少しでも収入を上げるべく努力(?)を重ね、そして現在に至ります。結果、子供も
産まれ、それなりに生活できるだけの収入を得ることができるようになりましたが、心を
病み、素敵な嫁さんと子供と一緒に生活できていますが、要は現在の私の居場所に常に
疑問を抱きながら生活しています。
私にとって社会の中に自分の居場所をつくるという事は、即ち自分の仕事を自分で創出
する事だという事に、今頃になってようやく気づくことができました。
最近の読書傾向からしてもそうですが、自分の課題をまだ自ら言語化できていなかった
だけで、ここ1年くらいは何とかその課題に立ち向かおうとしていたようです。TOEICの
受験が終わって、もう半年以上経ちますが、以降現在の職に繋がるような実践的な勉強は
ほとんどしていません。変わりに読書は続けています。今現在の興味を惹かれるタイトル
を探しては読書の鎖を繋いでいます。
藤原和博さんの「35歳の教科書」シリーズの最も簡潔な主張は、成長社会は既に終わり、
現在は「成熟社会」であると。成長社会にみんなで共有していた成功モデルは既に崩壊し、
これからの成熟社会では、いかに生きるかという道を自ら築き上げていかなければならないと。
西村佳哲さんの「自分の仕事をつくる」。タイトルそのものが現在の私の課題な訳です。
内容については、イマイチ論点がはっきりしませんでしたが。。。
そもそも現在の私が抱えるこの課題は、大学の頃、普通に就職する事を拒否した時に、
「それじゃあ、どうするんだ」という事に思い至らなければならなかった、取り組まな
ければならなかった課題ではあるのですが、現在のこの時点まで引きずったままにして
しまいました。私は普通に就職して、ウィークデイは普通に働いて、週末は自分の趣味や
家族との時間を楽しむという普通の生き方をできるような人間ではなかったのです。現在
フリーではあるけども、サラリーマン的な生活を送る中で全くやりがいを見出せないような
現場にいることは、ある意味では必然的な流れなのかも知れません。今これを機会に自分
の道について考えてみろと、そういう偶然ではあるが必然的な流れの中で現在のような
状況があるのかも知れません。
もう嫁も子供もいて中々思い切った事はできませんが、リスクを最小限に抑える計算を
しつつ、自分の仕事を自分で創出するという課題にそろそろ本気で取り組まなければ。
この1年間はそのための準備期間だったんだなと。
最近の私の興味関心はプロダクトデザインに傾倒していました。ここ最近の異常な物欲も
よくよく考えてみると、上記の自己実現の欲求に繋がっているような気がします(都合良
すぎかも)。
現在の私は、生まれ故郷である佐世保でクラフトを中心としたプロダクトのセレクトショップ
を開きたいと考えています。これは思いっきりランドスケープ・プロダクツの中原さんの
影響を受けたものです(直接交流がある訳ではないのですが)。次回は私とランドスケープ
プロダクツとの出会いについて書いてみたいと思います。