3/11 日常って、こうもあっけなく崩れ去るものなのかと実感させられた日でした。首都圏は 震度5程度の揺れでしたが、JRも私鉄も首都圏の電車は軒並み止まってしまい、歩道は 帰宅難民で溢れました。私もそのうちの一人で、子供を保育園に預けていたので、迎え に行くために、初台から必死で向ヶ丘遊園までの道のりを歩きました。 4時間の道のりを小走りで歩き、体力のない私は「もう二度とこんな思いはしたくない」 と電車が止まることについては、ある種のトラウマ状態になってしまいましたが、なんと 言うか、あの非日常の中での異様なテンションの高さが忘れられない状態にあります。 3/11からしばらくはTVから流れてくる想像を絶した映像や、物資不足、計画停電など、 非日常に近い生活をしていました。東北で被災された方々から見れば何ということもない 程度のものですが、それでも落ち着かない日々を過ごしました。 で、まだ余震は続いているものの、首都圏での生活においては、ほぼ日常を取り戻しつつ あります。そうなってくると、あの非日常の中での異様なテンションの高さが懐かしくも あり、不謹慎を承知で言うと「また何か日常を壊してくれるような出来事が起こらないかな」 と思ってしまう自分がいます。今のご時世で言うと「日常を壊してくれるような出来事」とは 言わずもがな地震の事で、今も余震に苦しむ東北の方々の心情を考えると、それは本当に 起こっては欲しくない事です。 要は、現在の私の生活がいかに閉塞感に満ちているかという事だと思います。決して地震 が起こってくれる事を願っているわけではなく、この閉塞感に満ちた日常をぶち壊して くれる何かを願っているのです。そういう意味ではあの地震は私の生活に新風を吹き込む のにとても効果的な役割を担っていました。 ここまで生活に煮詰まっている状態で、佐世保に帰るという選択はとても合理的かも知れ ません。新しい環境での生活が始まるので、少なくともしばらくの間は生活を新鮮に感じる ことでしょう。 ただ、今の時点で怖いのは、佐世保での生活が日常に変わってしまったときです。ただで さえ刺激が少ない田舎の環境で、私はどのように閉塞感を突き破るのでしょうか。そこが 今後、自分自身が成長していかなければならない部分であると思います。能動的に自分の 環境を自分の思うように変えていける能力を身につけなければなりません。自分が何を 求めていて、どうすればそれを手に入れられるのか。考え、実行する能力が必要だと思い ます。 いずれにせよ「また何か日常をぶち壊すような出来事がおこらないかな」と他力本願に 願っている自分を恥ずかしく思います。
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雨で始まった週末。 一男一女を願っていたワタクシに驚きのニュースが入りました。定期健診に行っている 嫁さんから電話が。なんとお腹の中の子も男の子との事。。。 いやーさすがに凹みました。第一子の時も女の子を願いつつやんちゃな男の子が誕生。 第二子については疑いもなく女の子であることを信じつつ、またもや男子。また男かよ。。。 いや、嘘偽りなく長男はかわいいです。手強いですけど、かわいいことは間違いない。 しかし、女の子も育ててみたかった。かわいいお洋服を買ってあげたかった。女の子に 「お父さん」って甘えられたかった。。。 天はなんと残酷なのだろう。。。嫁さんには「もう諦めて」と言われたけれど。なかなか そう簡単にはね。なんかうちのアパートには男兄弟の家庭が多いんですよね。アパートの 呪いですかね。まあ、いいや。名前考えなきゃね。 まあ、お腹の中の子の性別が判明した後は、とぼとぼと引越しの準備です。こつこつ進め なきゃね。もうすぐだから。 日曜日は気持良く晴れたので、久々に家族でお出かけです。花見がてら、宿河原にある 二ヶ領用水の緑化公園に行きました。やっと冬が終わって、確か去年の春の初めての お出かけもここに来ました。芝生があって気持ち良いんですよね。みんなでお弁当を食べて 息子くんも楽しそうに他の子たちと遊んでいました。保育園をやめたから、同じ年頃の子 たちと遊べるのは週末の公園しかありません。週末も色々忙しくてなかなか公園には連れて 行けないから、とても貴重な時間になりました。 いやー、楽しそうに遊んでたなー。 やっぱり子供の笑顔には癒されます。 今年は大震災があって、花見も自粛ムードが強く漂っていましたが、やっぱり生きていて 被災もしていない私たちは、今を精一杯楽しんで生きないといけないと思う訳です。一般的 に自粛は危険と言われているのとはまた違った意味合いで。経済がどうこうは私には正直に 言うとよく分かりません。ただ、震災で亡くなられた方々を思うと、命ある私たちは精一杯 今を生きなければ、彼らに申し訳ないと思うのです。心から。 親を亡くした子供たち、子供を亡くした親たちの報道には本当に心が痛くなります。涙を 堪えるのにやっとです。だからこそ、息子くんに精一杯愛情を注がなきゃと心から思えます。
昨晩、引き続きノルウェイの森を読み返していたら、緑のエピソードで、緑が私立のお嬢様 学校に通っていて、学校からの寄付の要請があるたびに親にブツブツ文句を言われていた という部分を読みながら、昔うちの親父が私が大学を卒業した後に大学から寄付の要請が あり、多分私の事を思ってのことだとは思いますが、それなりの金額を寄付した話を聞いた 時の事を思い出しました。寄付なんてしなくて良かったのにと腹立たしく思いましたが、 うちの親父は大学に行っていないし、その辺の事情がよく分からなかっただろうから、寄付 しないことで何か私に悪い影響があるかも知れないと思っての事だったのだと思います。 そんな人の弱みにつけ込むような大学のやり口がとても頭にくるのです。愛校心なんて欠片 もないし、今後大学にお世話になる事もないだろうし、そもそもそんな気なんてさらさら ないのです。人が文字通り、我が身を削って得た稼ぎをなんだと思っているのだろうか。 詐欺師同様です。 そこから連想してさらに、私に仕事の契約金額の減額交渉に来た某社の営業についても思い 出しました。ヘラヘラした顔で、その実、腹の中では黒いことを考えていそうな男でした。 人の生活を何だと思っているのだろうか。仕事とは言え、給料が減るということが、その人 の生活にどういう影響を与えるかということを想像できないのだろうか。想像できていたら そのようなことをあのような態度では頼まないでしょう。違う人から同じことを頼まれても このようには感じなかったでしょうけど。 昨晩は酒を飲まずに素面で読んでいたのですが、素面だとこういう余計なことを思い出したり 違うことを考えたりしてダメですね。逆に酔っている方が物語に入っていけるような気がする。 歳を取りましたね、わたしも。