私にとって特別な「バケーション」が終わった。
半分は一人旅で、半分は娘との時間。
特別な18日間だったといっていい。
いや、正確にはそうじゃない。
娘が「モルディブに行きたい」と言ってきたのは2月にUSJに行ったときだった。
最初は冗談だと思った。
それにその頃は父の死に際で精一杯、それどころじゃなかった。
真面目に考え出したのは、父の四十九日を済ませてからだった。
まず向かったのは本屋。
ところが、かつてお世話になった「AB-ROAD」いくら探しても無い!
値段が勝負の格安チケット業界。
時代はもう紙からネットに移っていた。
予約と同時にジムを始め、パスポートを取り、四十半ばで病に倒れた大学時代友人の奥さんに「墓参りに行きたい」と伝え、その為に仕事も頑張ってきた。
代理店との連絡、空港や島根のホテル、フェリーの予約、錆びかけた脳をフル稼働させ、一つ一つをクリアしてきた。
いつの間にかジムは日課になっていた。
そう、この半年は殆どこの旅に向かって費やされたようなものだった。
その労力の果ての18日間が、今、終わったのだ。
叔母ちゃんのことで一度は諦めかけた。
それが急転直下で間に合った。
兄の事、母のもろもろ、ハードルは決して低くはなかった。
道中、いろんなこともあった。
全てが満点とはいかなかったけど、何とかくぐり抜けて、船は港に着いたのだ。
全てが満点とはいかなかったけど、何とかくぐり抜けて、船は港に着いたのだ。
この歳でここまでやれた。
この私がここまでできた。
それは少し自分を諦めかけていた私にとって、かなりのご褒美だったといえる。
今回の旅路にたてた目標を一つ一つクリアしていく達成感は私を勇気付けた。
もちろん私だけの力ではない。
叔母ちゃんは勿論、姉や施設の方々、従兄弟達、元同居人、友亡き後も私と繋がっていてくれた奥さん、多くの理解と協力があった。
今回の旅路にたてた目標を一つ一つクリアしていく達成感は私を勇気付けた。
もちろん私だけの力ではない。
叔母ちゃんは勿論、姉や施設の方々、従兄弟達、元同居人、友亡き後も私と繋がっていてくれた奥さん、多くの理解と協力があった。
そして何より娘の存在は大きい。
旅の終わりに私は彼女に感謝を伝えるLINEを送った。
15日間、付き合ってくれて本当にありがとう。
嫌なことも面倒臭い事もムカつく事もあったろうに、いろいろ我慢してくれてありがとう。
後半イビキをかきっぱなしだったのにあんまり強く言わないでくれてありがとう。
前から分かってはいたことだけど、君はいつも私の事を優しく、気を遣ってくれてたからストレスを溜めちゃってたね。
嫌なことも面倒臭い事もムカつく事もあったろうに、いろいろ我慢してくれてありがとう。
後半イビキをかきっぱなしだったのにあんまり強く言わないでくれてありがとう。
前から分かってはいたことだけど、君はいつも私の事を優しく、気を遣ってくれてたからストレスを溜めちゃってたね。
たぶん私もそんな感じだったんだろう。
強く言って少し泣かしちゃったけど言いにくいこともたくさん言ってくれてありがとう。
その微妙な距離感が実の親じゃないからなのか、男親と年頃の娘とだからなのか、子どもを持ったことのない私にはわからないし、本当のお父さんと思春期を過ごしたことのない君にもわからないのだろうけど、今回の長旅のおかげで少しその距離が縮まったような気がしてて、勘違いかも知れないけれど嬉しかった。
ありがとう。
こんなひねくれてネガテイブなおじさんと一緒にいてくれて、娘でいようとしてくれて、本当にありがとう。
たぶん君の気持ちはそれなりに分かっているつもり。
ありがとう。
こんなひねくれてネガテイブなおじさんと一緒にいてくれて、娘でいようとしてくれて、本当にありがとう。
たぶん君の気持ちはそれなりに分かっているつもり。
ただこんな私にその資格があるのか、君にどう思われてるのか自信がないから、何となく探りを入れてしつこく言っちゃうだけ。
ホントにごめんなさい。
きっと君のことだからまた「分かってる」って冷たく言うんだろうけど。笑。
こんな私で良ければ、これからもよろしくね。
こんな私で良ければ、これからもよろしくね。
長い旅の終わりに。
決して私はまだ私を許しきれていないけど、可能ならばもう少しで良いから彼女のそばにいさせてほしいと思う。
欲を言えば、クリアできなかったのは「英語」かな。
この半年、毎日のようにラジオで英語を聞き続け、そのために語学用イヤホンまで探して買った。
なのに、あの頃とほとんど変わらない、というかレスポンスは悪くなってる。
ウーン。
まだ私に伸び代は残っているのだろうか?
ジムの継続とともにこれからの課題である。
ジムの継続とともにこれからの課題である。
いままでのようなモチベーションを維持できるだろうか。
いつか娘と英語で会話できることを夢見て?
秘めたる野望かな。
秘めたる野望かな。
兎にも角にも、旅は終わった。
10年ぶりの太平洋フェリーはさらに進化していた。
東九フェリーのが以前の太平洋フェリーの湯船だった。
「きそ」はほとんど日帰り温泉クラスの設備。
ただ窓は少し狭くなったかな。
キッズ・ルームまであり、かなり進化していた。
昔みたいな雑魚寝の大部屋もなくなり、とてもスマート。
あの泥臭さも味があったんだけどね。
また、忙しい日常が始まった。
戻れる日常が待っていることはささやかな幸せでもある。
戻れる日常が待っていることはささやかな幸せでもある。
みんながそれぞれの未知へ向かう。
私も進まねばならない。
その先に何があろうとも。
その先に何があろうとも。
追記
結局、24日の出発から仙台港に着く10月11日まで、ずっと半袖・短パンで通した。
多分最高記録。笑。
今回の旅のためにと買った、2枚の長袖とシマムラのジャンパーの出番はこれから。
今回の旅のためにと買った、2枚の長袖とシマムラのジャンパーの出番はこれから。
いろんな意味で、この年は記憶に残るだろう。





