このタイトルは本人が生前、 墓に刻むように望んだそうである。
いかにも彼らしい。
この画像は彼の公式HPにあった画像である。
あんまり素敵で貼り付けてしまった。
彼をよく知る司会陣やパネリストの方々が話すエピソードや過去のVTRを見ながら懐かしんだり笑ったり
しながら、気づくと涙が零れていた。
今こうして書いていてもアカン。
ネットで彼の死を報じる記事を読んでいてもアカン。
特に桂ざこばさんとの話には参った。
実はそのときの「たかじんnoばぁ~」には微かに記憶がある。
妙な緊張感に目が離せなかった。
何なんだろうと思った。
それが腑に落ちた。
それにしてもTVの中で生き生きと喋るたかじんさんを見ていると亡くなったことが信じられない。
「死はその人を悼む者がいなくなったときに完結する」という。
その意味で彼は死んではいない。
そう簡単には死なないだろう。
・・・私なぞ家族も友人知人もほとんどいないからすぐに死ねそう。
日刊スポーツ.com によると、3日に亡くなったのに7日に死去が発表されたのは「正月のめでたい気分を自分のことで悲しませたくない」というたかじんさんの遺志だったという。
→ http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20140111-1242634.html
ホントに彼は最初から最後まで「たかじん」だった。
前にも書いたが「3.11」以降、異様に涙もろい。
「死」もそうだが、「残された者の悼み」に弱い。
2時間の「一人偲ぶ会」はあっというまに終わった。